2012年12月28日金曜日

まじめほど怖ろしいものはない:等身大の日本

_

●27日、中国人留学生の孫さんにとって最も深く印象に残ったものは、日本人が日常生活で見せる非常に細やかな気遣いだった。写真は歩行者優先路線。



レコードチャイナ 配信日時:2012年12月28日 5時20分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67898&type=0

 「恐るべき」まじめさ、中国人留学生が語る等身大の日本
―中国メディア

 2012年12月27日、日本と聞いて思い浮かべるのはにぎやかな大阪や歴史ロマンあふれる奈良、文化の香りが漂う京都、満開の桜や点在する山間の温泉などだろう。
 しかし中国人留学生の孫さんにとって最も深く印象に残ったものは、日本人が日常生活で見せる非常に細やかな気遣いだった。
 中国紙・瀋陽晩報が伝えた。

 孫さんは中国で日本の大学から送られてきた合格通知書を受け取り、その宅急便を開けて見た際、しばし呆然とした。
 こんなに重くしっかりした宅急便の封筒に入っていたのはたった一枚の薄い紙だったのだ。
 通知書が折れ曲がったりしないように、大学側は2枚の硬いボール紙を使って、非常に薄い紙の通知書を挟みこんでいた。
 もしかすると中国人はこの行為をまぬけだと感じるかもしれない。
 2枚のボール紙のために、輸送料が高くなるほか、包装にも手間がかかる。
 しかし何事も完璧を求めるのが日本人なのだ。

 孫さんは学生向けの無料コピーサービス「タダコピ」といった工夫からも日本人の節約を重んじる態度が見て取れるという。
 「タダコピ」とは、コピー用紙の裏面を広告掲載スペースとすることで、コピーサービスを利用する際にユーザーが負担する費用をなくしたサービス。裏面には、主にエンタメ関連情報やアルバイト情報、若者向け商品情報、就職関連情報が掲載されている。
 もちろん両面とも白い通常の紙を使うこともできるが、その場合は費用を払う必要がある。

 日本の電車や地下鉄は非常に発達しているが、公共バスも利用者の視点に立った設計がなされている。
 孫さんによると、電車や地下鉄といった主要な交通機関は人の流れが速く、駅にいくつも階段があるため、お年寄りは通常バスを利用する。
 バスは必ず乗客がすべて座ってから発車し、乗客もバスが停車するまで立ち上がってはいけない。
 降りる際は事前にボタンを押す。誰もボタンを押さず、バス停にも人が待っていない場合は、バスは止まらず通り過ぎるので効率的。
 運賃を支払う際は、小銭がない場合は設置されている自動両替機でお札を細かくする。
 「バス代はだいたい200円ぐらい。
 以前、クラスメートが1万円しか持っておらず、両替機で長い時間かかって両替したことがあったが、乗客たちは皆我慢強く、誰一人怒る人も文句を言う人もいなかった」
と孫さん。

 ある日、孫さんが寮の蛍光灯の交換を管理人室にお願いすると、作業員がすぐにやってきた。
 切れていない残りの蛍光管を確認すると、作業員は
 「持ってきた蛍光管の色と明るさが少し違うから、新しいものを持ってくる」
と孫さんに告げたという。
 明るさが違うといっても、じっくり見比べないと気付かない程度だったが、作業員は結局4、5往復して切れた蛍光管を交換。
 それだけでなく、ほかの蛍光管もすべて同じ色合いのものに換え、ようやく満足したように帰っていった。
 このような行き届いたサービスを行う作業員を目の当たりにした孫さんは
 「まじめほど恐ろしいものはない」
という言葉の意味を再認識したという。
(提供/人民網日本語版・翻訳/MZ・編集/TF)

2012年12月21日金曜日

穏やかな気質で知られる日本人社会:「悪口まつり」でストレス発散?!

_



●21日、日本語には系統だった「敬語」や「ていねい語」があるため、「浄化された優雅な言語」と考えている人も少なくない。写真は2011年8月、天津市で開かれた日本語教育関連イベントで特設された茶室。



レコードチャイナ 配信日時:2012年12月21日 11時53分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67689&type=0

穏やかな気質で知られる日本人社会、
「悪口まつり」でストレス発散?!―中国メディア

 2012年12月21日、日本語には系統だった「敬語」や「ていねい語」があるため、「浄化された優雅な言語」と考えている人も少なくない。
 また、日本語は他人を罵る単語が少なく、日本人は罵るにしても普通「穏やかに」罵る。
 日本語には他人を侮辱するための単語が20~30個しかなく、「メンツ」を理由に使用されることがほとんどないため、時間の経過と共に「死語」になっていくとする研究もある。
 一方、西洋のある学者は、
 「実際には、日本語の中には、日本の文化環境の中で、外国人の想像をはるかに超えた『殺傷能力』を持つ単語もある」
と指摘する。
 現実の生活の中で、日本人は穏やかで上品であることで知られるが、特定の場面、例えば、悪口を言い合う「悪態まつり」などでは、日頃のストレスを思いっきり発散する。環球時報が伝えた。

世界「公認」の悪口「バカ」

 世界で最もよく知られる日本の悪口の1つは「バカ」だろう。
 「頭が弱い」や「間抜け」、「ろくでなし」と言う意味で使われる。
 関西では「バカ」の代わりに、「アホ」がよく使われる。
 語源に関しては、さまざまな説がある。
 例えばサンスクリット語で「痴、愚か」を意味するmohaの音写である「莫迦」の読みが語源とする説や、中国の歴史書「史記」の「鹿を指して馬という」の故事を語源とする説などがある。
 一方、過去において「バカ野郎」とほかの人を罵る日本人も多かったが、この言葉はすでに「時代遅れ」と見なされている。また、現在「バカ」や「アホ」は使われる場によって意味が変化し、多くの場合、親しい友人を軽く揶揄(やゆ)したり、からかったりする際に用いられるが、仕事などの正式なシーンでは、やはり侮辱する言葉と捉えられてしまう。
 日本では現在、広い意味合いがあり、さまざまなシーンで使える「変態」や「非常識」、「理解不能」などの言葉を使って、相手の知能の低さを非難し、不快な気持ちを表す傾向がある。

 日本人が用いる悪口の別の語源は文字通り不潔で醜いものだ。
 うちよく用いられるのは「ゴミ」、「くそ」、「かす」などだ。
 うち「くそ」は、「くそ野郎」、「下手くそ」などほかの言葉と組み合わせて使われることも多い。
 また、小泉純一郎元首相は反対派から「変人」と呼ばれ、「右翼政治家」と言われている日本維新の会の石原慎太郎氏は「暴走老人」と呼ばれている。
 さらに「外見」を重視する日本人は人の容姿を侮辱することも多く、女性にとっては「大根足」や「ぺちゃぱい」などの言葉はダメージが大きい。

「虫」や「魚」も軽蔑する言葉に

 日本語において、使用率、侮辱度ともに高い言葉に「けだもの」や「虫」という言葉がある。
 例えば「泣き虫」や「弱虫」などがある。
 また「雑魚」や「タコ」など、日本人が好きな魚類も軽蔑する言葉に用いられることがある。

 悪口に性的な意味の言葉が含まれる国も多いが、日本人は性的な問題に開放的な態度を示しており、あまり気にすることもない。
 長期にわたり日本で生活していた米国のある評論家は、
 「日本人にとって、性と道徳は無関係。
 そのため、性は日本語においてタブーではない」
と解説している。
 しかし、伝統的な思考を持つ日本人にとって、乱れた性生活は依然として深刻な問題だ。

 日本人にとっては、性的な意味合いを持つ悪口より、「殺す」や「踏みつぶす」、「しめる」など「死」と関係する言葉の方が語気が強く、直接的だ。
 スポーツの試合などを観戦する熱狂的なファンがよく使っている。

緒悪口を言い合う「悪態まつり」

 日本人が悪口を言うことを避けるのは、教育や教養の問題というよりは、紀律や等級観念に自分の感情を押さえ込まれているだけだと考える人もいる。
 例えば過去において、鎌倉幕府(1185~1333)が定めた武家法・「御成敗式目」には、「悪口咎事」という条文があった。
 また、第二次世界大戦に敗戦した後、社会の安定を目指す日本政府は侮辱行為を戒めるため「侮辱罪」を制定している。
 そして現在も「常識を覆した1人」となり、社会から「無声の懲罰」を受けることを恐れる日本人は、社会交流のシーンで汚い言葉を発することはほとんどない。
 ある日本社会学者は、
 「不快で、ストレスに満ちた状態でも、『言葉』を使ってそれを解消しようとする日本人は少なく、
 通常は黙り込んでにらみ付けた状態から、急に怒りを爆発させ、極端な行動に出る」
と分析している。

 一方、伝統的な日本の宗教儀式の中には、ストレスを言葉で発散するためのものもあり、集まった群衆がお互いに悪口を言い合うものまである。
 例えば、日本三大奇祭の1つ「悪態まつり」がそれにあたり、島根県や栃木県、茨城県、長野県などで、今でも行われている。
 悪口の言い合いに勝てばその年の幸運を得るとされるため、年頭に開催されることが多い。
(提供/人民網日本語版・翻訳/KN・編集/内山)






【ファジイ集合体国家】



__

「折りたたみケータイは永遠です」:スマホの時代なのに

_

●20日、世の中の携帯電話事情はスマートフォンが席巻する時代になった。
 しかし、このほど“中国版ツイッター”と呼ばれる簡易投稿サイトで、「日本の折りたたみ式ケータイが好きだ」という声が思いのほか多く寄せられた。
 写真は中国国内。日本企業の携帯電話の街頭広告。



レコードチャイナ 配信日時:2012年12月21日 6時50分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67668&type=0

このスマホ時代に…日本の折りたたみ式ケータイが愛されている驚き―中国版ツイッター

 2012年12月20日、世の中の携帯電話事情はすっかりスマートフォンが席巻する時代になった。
 いわゆる
 “ガラパゴス携帯”と呼ばれる従来式の携帯電話
すっかりなりをひそめてしまっており、もはや風前のともしびのように見える。

 しかし、このほど“中国版ツイッター”と呼ばれる簡易投稿サイトで、
 「いわゆる日本風のケータイ、みんなは好きかな?」
という問いかけが行われると、意外なことに「あの折り畳み式のケータイが好きだ」というコメントが多数寄せられ、日本デザインの愛好者が思いのほかいることに気づかされた。
 この呼びかけは、最新の日本カルチャーを紹介している某雑誌の公式アカウントが行ったもので、中国国内の“日本ダイスキ”な人々がフォロワーになっていると考えられる。
以下、寄せられた主な意見。

●.「折りたたみ式が好きだ」
●.「折りたたみ式は傑作」
●.「折りたたみ式は永遠に最愛のプロダクト」

●.「日本製品のコアなファンです。
 折りたたみ式、ほとんどなくなっちゃったよね…」
●.「ずっと前から折りたたみ式が好き。
 ていうか、今もがんばって使い続けてるから!」

●.「日本風のケータイと言えば、あの細長い折りたたみ式のものだよね。
 買ったことあるよ。
 今はディスプレイの大きなタッチパネル式が普及して、以前ほど好きだとは思わなくなったけど」
●.「昔の折りたたみ式も今のタッチパネル式も、どっちもずっと好き。
 機能性と外観のよさで両立しているし、防水機能なんかも強いよ」
●.「SHARPはスゴイんだぜ」
●.「日本風のケータイは実用性に優れているとは言えないけれど、生活感があっていいな」

●.「残念ながら中国国内で販売された折りたたみ式は機能面でダメだったから、あきらめるしかなかったんだ」
●.「中国国内で販売された折りたたみ式、見た目だけは同じだったけど、機能が全然違ったよ~。
 すごくカッコイイと思ったけどな」

●.「日本人の女の子が折りたたみ式のケータイを使ってる様子ってすごいカワイイと思ってた」

●.「今は主流ではなくなってしまった日本のケータイ。
 今はサムスンやHTCのOEMに見えちゃう。
 日本の電化製品は没落かな…」




【ファジイ集合体国家】



__

2012年12月20日木曜日

キリスト教、イスラム教、「無宗教」が世界の第3勢力:うち6割以上が中国人

_




ロイター 2012年 12月 19日 15:08 JST
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE8BI02P20121219

「無宗教」が世界の第3勢力、
日本では人口の半数占める=調査

[18日 ロイター] 調査機関ピュー・リサーチ・センターが18日発表した世界の宗教動向に関する調査で、キリスト教、イスラム教に続き、「無宗教」の人口が3番目に多いことが分かった。

 同機関は調査に当たり、2010年の各国国勢調査や登録人口などの調査資料約2500件を分析。
 その結果、
 キリスト教徒が世界人口の31.5%に当たる約22億人と最も多く、世界のあらゆる地域に広く分布していた。
 2番目に多かったのはイスラム教の約16億人で、全人口の23%だった。
 また、確立された宗教を信仰しない「無宗教」の人口は約11億人で、
 そのうち6割以上が中国に住んでいることも分かった。

 日本は人口の半数以上に当たる約7200万人が無宗教で、中国の次に多かった
 ただ、無宗教とされる人たちの多くが何らかの精神的な信仰を持っていることも指摘されている。

 また調査は、イスラム教とヒンズー教信者が増加する見通しを示す一方で、
 ユダヤ教徒はその見込みが最も低いとしている。




【ファジイ集合体国家】



__

史上最低の選挙:最大のテーマは民主党の進退

_


JB Press 2012.12.17(月)  筆坂 秀世:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36766

本当に勝った政党はなかった
自民党圧勝の要因は何だったのか

 自民党が圧勝し、自公の政権復帰が決まった。
 が今回の選挙戦で本当に勝った政党はあったのだろうか。

 前回のコラムで私は「悩ましい選挙」だと書いた。
 政党の数は多いが、投票したいと思う政党がなかったからだ。
 だがそれでも、もちろん投票はした。
 だが少なくない有権者は投票そのものを拒否した。

 これで選挙は成立するのかと言いたくなるような低い投票率がそれを物語っている。
 この投票率は、すべての政党への不信任と同じ意味を持っている。

 いま日本は、様々な難問に直面している。
 3.11大震災と原発事故と遅れる復旧・復興、長く続くデフレ経済、若年層を中心とした高い失業率と不安定雇用、先行きが見えない年金など社会保障制度、尖閣諸島の国有化と中国との関係悪化、北朝鮮の大陸間弾道弾ミサイルの発射実験、TPP問題・・・。

 どれもが国民の生活や日本の進路にとって、ゆるがせにできない問題である。
 それでも有権者は投票に行かなかった。
 政治に絶望しているからだ。
 民主党政権の失敗にはこりごりだが、だが3年余前までの自民党政治の復活で日本が良くなるとは思っていないからだ。
 すべての政党が、この低投票率を深刻に受け止めるべきである。

史上最低の選挙だった

 今度の選挙で一体何が争点になったのだろうか。
 それぞれの党がそれぞれに訴えを行ってきたが、いずれかの問題が大争点になったというものはない。
 脱原発や卒原発も自民党を除けば大して変わりのない主張が、他のすべての政党によって繰り広げられただけだ。
 「卒原発」などというのは、脱原発の言葉遊びに過ぎない
 これでは争点になるわけがない。

 上記の重要課題を見ても、そもそも大きな対決点はなかった。
 せいぜい経済政策で自民党の金融緩和論と公共事業増大路線ぐらいのものだ。
 社会保障制度も違いはあるのだが、何十年も先の話であって、何がどう違うのか、国民には分からない。

 要するに、それぞれの党が他党を批判し、「わが党ならできる」と訴えただけであった。
 政党の体をなしていない党も含めて、12もの政党が乱立したが、争点なき総選挙だったのである。
 これでは選挙に行きたくなくなるもの当然ではないか。

最大のテーマは民主党の進退

 では何が争われたのか。
 答えは簡単だ。
 民主党には政権をまかせられない、という国民の意思を示すことであった。
 民主党の中には、野田首相が解散表明をした際、中山義活氏(東京2区選出、鳩山首相時代の首相補佐官)のように、「解散するならば総理自らがここは誰かに代わって、皆が納得する人がやっぱり『総裁』としてやるべきだと私は思いますね」いう輩もいた。
 中山氏が想定しているのは、代表戦出馬を促した細野豪志現政調会長である。
 ちなみに党の代表を「総裁」というのは自民党であり、民主党では「代表」という。

 震災復旧、復興の仕事を途中で放り投げた細野氏を首相にすれば民主党が勝てたとでも思っているのか。
 民主党議員がいかに国民の思いから遊離しているかを物語っている。

 中山氏が補佐官を務めた鳩山首相がどれほど民主党への信頼を打ち壊してしまったか、後を継いだ菅首相がどれほど民主党政権の駄目さ加減を国民の心に刻印したか、考えてみればよい。
 鳩山氏は引退に追い込まれ、菅氏は小選挙区で敗北した。
 誰が代表・首相になっても、民主党が浮かび上がれる要素はなくなっていたのだ。

 民主党内では、またぞろ野田首相の代表辞任論ががあがっているようだが、こんな議論をしているようでは再生の道はなくなる。
 民主党政権の失敗をしっかり総括すること。さらには党のあり方そのものを根本から見直すことだ。
 その第一歩が党綱領をしっかり議論して、どういう政党なのか、どういう政治を目指すのか、どういう日本を目指すのかを明確にすることだ。
 そうでなければ自民党と戦えないことを知るべきである。

自民党圧勝の最大の要因――小選挙区制を見直すべき

 自民党圧勝の最大の要因は、言うまでもなく小選挙区制にある。
 選挙区によっては、半数以上が死票になる小選挙区制度は、民意の反映には程遠い選挙制度である。
 3割、4割の得票で議席を独占できるこの制度は、あまりにも日本の政治を不安定化させることになる。

 確かに民主党政権はひどかった。
 だがこれほどまでに劇的に議席数を変えてしまうほどの大失政があったのだろうか。
 普天間問題は自民党時代からの懸案であり、自民党時代も進捗しなかった。
 鳩山首相の羽毛のように軽い公約が問題をこじらせたが、自民党政権になっても簡単に解決はしないだろう。
 消費税増税は民自公でやったことだ。

 領土問題は、すべて自民党時代からのツケである。
 デフレも、高い失業率も同じだ。

 自民党の支持率が急激に上がったわけではない。
 民主党が下げただけのことである。選
 挙のたびに政権交代が起こるような仕組みは、政治を不安定化させるだけである。
 あまりにも選挙制度が悪すぎる。
 政治の安定化のためにも、中選挙区制度に戻すことを強く求めたい。

石原慎太郎氏に目茶苦茶にされた維新

 橋下徹大阪市長がなぜ石原慎太郎氏と組んだのか、不思議でならない。
 石原氏は、そもそも組織運営などできない人間だ。
 だからこそ自民党議員時代も総裁・首相を目指したが、届かなかった。

 石原氏を代表に担いだために、維新の会の政権公約は、わけのわからないものになってしまった。
 例えば原発では、「2030年代にフェードアウトする」と言っていたのに対し、石原氏は「暴論に近い」と否定、橋下氏もこれに同調して「公約ではない」と言い出す始末であった。

 自民党との連立についても、石原氏は「組めると思う」と乗り気なのに対し、幹事長の松井一郎大阪府知事は、即座に「全くない」と否定している。

 自虐的に「暴走老人」と言っているが、到底政党のトップとは思えない無責任さである。
 減税日本との連立話の時もそうだったが、後先を考えずにただ「暴走」を繰り返すだけのトップに維新のメンバーはどこまで付き従っていけるのか。
 この党も選挙後、一枚岩とはいかないのではないかという予感がする。

未来どころか泡と消える未来の党

 予想通り大惨敗を喫した日本未来の党も憐れと言うしかない。
 そもそも選挙の数日前に政党を立ち上げるなどというほど、無責任なものはない。
 小沢一郎氏とともに民主党を出た大半が落選ということだ。
 未来の党のプロパーの候補者がどれだけいるのか知らないが、これはおそらくゼロに近いということであろう。

 そもそも政党としての綱領も規約も持たないのが、この党である。
 小沢一郎氏らの国民の生活が第一が合流したのも、国民の生活が第一では選挙を戦えないからであった。
 減税日本もそうだ。
 まさに寄せ集めである。露と消えるのは必至である。

小沢一郎氏の大誤算

 はっきり言って小沢氏は民主党から逃げ出した。
 だからと言って、国民が支持するとでも思ったのだろうか。
 反消費税増税、脱原発で「国民の生活が第一」と言えば、支持されるとでも思ったのだろうか。

 まったく分かっていないと言うしかない。
 民主党政権を作ったのは誰だったのか。
 小沢氏である。
 鳩山政権を支えていたのは、幹事長だった小沢氏である。
 民主党政権の失敗の最大の戦犯は、小沢一郎その人であった。
 その小沢氏が民主党を離党したからといって、国民が拍手喝采するわけがないではないか。
 国民の目に映ったのは、無責任な政治家小沢という姿だったのだ。

 小沢氏の誤算の1つは、自らが民主党幹事長時代に作った「国民の生活が第一」というスローガンに拘泥したことだ。
 確かに民主党が自民党から政権を奪還するときには、このスローガンは力を発揮したかもしれない。
 実際には、「政権交代」というスローガンが一番力を発揮したと思うが。

 だがその民主党政権が失敗したのである。
 もはや「国民の生活が第一」などと言っても、信用されるはずがないではないか。
 ところが相変わらず消費税増税反対、脱原発という国民が喜ぶであろうスローガンをメインに持ってきた。
 いわゆるポピュリズム的スローガンである。
 だがポピュリズム的スローガンが国民に受けるというわけではない、ということを小沢氏は知らなかったようだ。
 しかも「嫌われ者」小沢氏に、実に向かないスローガンだ。

 『文芸春秋』の2013年新年号に興味深い論稿が掲載されている。
 評論家・中野剛志氏の
 「『反ポピュリズム』というポピュリズム」
という論稿だ。
 渡邊恒雄著『反ポピュリズム論』を批判したものだが、
 要するに今一番のポピュリズムは「反ポピュリズム」だ
というのが、この論稿の一番強調していることだ。

 例えば次のように言う。
 「ポピュリストの政治家たちは、『私は大衆受けしない政策であっても、敢えて断行するのだ』と勇ましく宣言してみせ国家予算に群がる利権集団や大衆迎合的な政治家といった敵役を仕立てて戦ってみせることで、大衆の人気を得るのである。
 小泉劇場しかり、事業仕分けしかり、大阪維新しかり」。

 小沢氏の『日本改造計画』(講談社)は、言ってみれば「反ポピュリズム」の本であった。
 だからこそ変化や改革を期待して、本はベストセラーになり、剛腕小沢氏への期待も高まったのである。
 ちなみにこの本では消費税率の10%への引き上げを提案していた。
 その小沢氏が、反消費税、脱原発で支持を得られるわけがない。
 ポピュリズムの罠にはまったとしか言いようがない。

共産党よ、長い歴史は自慢できない

 共産党が低迷状態に陥って久しい。
 今回もまた299小選挙区に候補者を立て、倍増の18議席を目指すという無謀な目標を立てた。
 おそらく目標を決めた当事者も含めて、実現可能性を信じていたものは1人もいないであろう。
 私には、半ばやけくそになっているのではないかと思えたくらいだ。

 志位委員長は、相変わらず今年党創立90周年を迎えたことを「日本の政党で一番長い歴史を持つ政党」と自慢している。
 政党は、その歴史が長ければ長いほど尊いのか。
 そうではないはずだ。何を成し遂げたかである。

 共産党は、確かに長い歴史を持っている。
 だが目標としてきた社会主義革命は近づくどころか、遠ざかっている。
 その前段階の資本主義の枠内での民主的改革すら、まるで実現の可能性は見通せない。

 これまでの歴史の中で、この共産党の綱領や主張を信じて、献身的に、自己犠牲的に尽くしてきたであろうか。
 いまも寒風吹きすさぶ中、ビラをまき、支持を訴えている党員や後援会員がいることであろう。
 わずかの収入の中から党費を払い、カンパをしている党員や支持者によって、共産党は支えられている。

 だが90年間、期待に応えられずにきてしまったのである。
 党員の多くが中高年の同党に、革命など起こせるわけがないではないか。
 この深刻な反省こそ、いま同党に求められている。





【ファジイ集合体国家】



__

2012年12月19日水曜日

日本人の過半数、「男は外、女は内」を支持:東日本大震災の影響による

_




レコードチャイナ 配信日時:2012年12月19日 3時0分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67581&type=0

日本人の過半数、「男は外、女は内」を支持―中国メディア

 2012年12月15日、日本内閣府が発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」の結果によると、
 「男は外で仕事をし、女は家庭を守るべきだ」
という考え方に賛成する日本人が5割以上に達していることが明らかになった。
 新華社が伝えた。

 内閣府は今年10月、20歳以上の男女5000人を対象に、家庭における夫婦の役割分担をめぐる問題について調査を実施した。
 調査の60.7%は、個別面談方式で進められた。

 調査の結果、「女性は家庭にとどまり家事や育児に専念し、男性は外に出て働くべき」という伝統的な考え方に賛成する人は、回答者全体の51.6%に達し、同調査がスタートした1992年以来、初めて増加傾向を呈した。

 この考え方に反対を示した人の割合は45.1%で、2009年比10ポイント低下した。
 また、社会における男女平等について、「男性の方が優遇されている」と答えた人は69.8%、「男女は平等」とした人は24.6%だった。

 内閣府によると、家庭に関する問題をめぐる日本人の考え方の変化は、
 東日本大震災の影響による
との回答もあったという。
(提供/人民網日本語版・翻訳/KM・編集/内山)

2012年12月8日土曜日

日本がノーベル賞・フィールズ賞受賞で中国・韓国を圧倒している歴史的背景

_
 



JB PRESS 2012.12.04(火)  川嶋 諭:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36491

日本が中国・韓国より決定的に優れているわけ
ノーベル賞・フィールズ賞受賞で圧倒している歴史的背景

 歴史というのは、国と国民に極めて大きな影響を及ぼす。
 古くは中国文化圏の影響を強く受けながらも、日本は中国や韓国とはかなり違った文化を形成してきた。
 面白いことに、その違いの典型例が数学にあるという。

 海を1つ隔てただけで、実利的な算術の世界にとどまった社会と、純粋数学の世界へと発展していった社会に大きく分かれた。
 世界の中で日本人ほど数学が好きな国民はほとんどない。
 これは私たちが誇っていい事実であり、その背景には歴史がある。

 なぜ日本人は数学が好きになっていったのか。
 また長い年月の間に私たちの中に埋め込まれていった数学DNAをさらに強化して日本をさらに強い国にするにはどうすればいいのか。
 今回は数学を題材にした異色対談を実現した。

 サイエンスナビゲーターの桜井進さんと花まる学習会を運営する高濱正伸さんの2人である。
 ちょうど数学に関する本を出版されたのを機会に、日本人と数学について話し合ってもらった。

日本人は世界に冠たる数学大国の末裔である

川嶋:今年のノーベル賞では京都大学の山中伸弥教授が医学生理学賞を受賞して、日本中が盛り上がりました。
 理科学系でこれまで日本人は15人(米国籍の南部陽一郎氏を除く)が受賞していますが、中国人や韓国人の受賞者はゼロです。

 こう見ると、いろいろ言われながらも日本の教育水準は世界的にもいい線を行っているのかなという気がするのですが・・・。

桜井:ノーベル賞とは別に、数学の分野にはフィールズ賞があります。
 フィールズ賞は4年に1度、しかも40歳以下という条件で一度に4人しか受賞できません。
 そして人生で1回だけです。
 天才中の天才しか取れない。

 その賞を日本人は3人が受賞しています。
 ちなみに中国、韓国はゼロです。
 つまり、ほとんどの日本人は知りませんが、日本は世界に冠たる数学大国だということです。

 しかも、日本の数学は戦後の教育で良くなったわけではない。
 江戸時代からすでに高いレベルに達していました。

高濱:その蓄積は大きいですよね。

桜井:大きいです。
 僕たちは数学大国の末裔なんです。
 なぜ数学に強いかというと、その秘密は日本語にあるのではないかと考えています。
 まず漢字が持っている力。
 漢字はアルファベットに比べて情報量が多い。
 漢字は絵ですから。

 また、俳句はなぜ五七五なのか
 僕は茶道や華道、建築などもそうですが日本文化の根底には白銀比があると考えています。
 黄金比ではなく、「白銀比」です。

 「白銀比」とは、1対√2(約1.4)です。
 直角二等辺三角形の3辺の長さの比である1対√2対1の1を5に置き換えると、
 「5・7・5」
になります。
 指折り数えることができる日本語と数の関係が非常に深いと気づいたんです。

 松尾芭蕉の「しずかさや いわにしみいる せみのこえ」は1字1字数えることができます。
 「This is a pen」は指折り数えられない。
 母国語が数えられる言語だということが、日本の整数論が世界一である根本にあるのかもしれないということです。

川嶋:同じ漢字文化でも中国とは違うわけですか。

桜井:中国語と違って日本語には「音」読み以外に「訓」読みがありますからね。
 日本は数学も宗教も中国から持ってきて、全部カスタマイズしました。
 数学書も遣唐使の持ち帰った本の中に少し混ざっていて、それを一生懸命読み解いて改良していった。

 例えば方程式。
 中国の方程式は変数が1つなんです。
 「x」だけの方程式を解いて中国人はそれでいいやと思っていた
 ところが、ところが、日本人は「x、y、z」と変数が複数あっても解けるようにした。

 なぜかというと、中国は役に立つか立たないかの1点だけ、極めてプラグマティックです。
 実利主義を徹底したからこそ中国文明というものができたと僕は思っています。
 ところが、日本はそういう実利を超えて、興味関心から解いていくんです。
 何かのためではなく。

 それは数学の世界では自然な流れです。
 社会に要請されてということならば「x」だけでいい。
 一方、純数学的な思考を日本人は奈良時代くらいからしているんです。

 明治時代にさらにドラスティックなことをしました。
 日本の数学である和算は江戸時代に完成し、その時点での熱狂ぶりは世界の頂点にあったと言っていい。
 明治政府も最初、日本の数学者たちに和算を教科書に使うと約束していた。

 ところが、軍事力を高めるためにはドイツのマニュアルを読まなくてはならず、そのために洋算、ヨーロッパの横書きの数学が必要になった。
 そういう軍事上の必要性から和算の廃止を決定した。

 江戸の数学者は初めみんな反対したんですが、結局は国の説得に応じてヨーロッパの数学を翻訳しました。
 しかも非常に短期間で。
 他言語の数学をそんなに迅速に自国語に翻訳するというのは数学の世界では奇跡なんですが、それができたのも和算が非常に高度だったことを裏付けています。

数学を面白がる日本人。江戸時代には一大数学ブームも

高濱:その話は非常におもしろいですね。
 我われが数学大国の末裔だということがよく分かります。
 例えば創刊50年以上になる「大学への数学」のようなマニアックな雑誌が出来上がるのもそういう土壌があるからですよね。

 それは単なるカネ儲けじゃないというか、面白さを追求している。
 日本の中学の入試問題は百花繚乱で面白い問題だらけです。
 本当に世界に冠たるものです。

桜井:中学の入試問題は面白いですよね。
 数学の問題に関連して言うと、『塵劫記』という江戸時代最大のベストセラーがあります。
 数学書ですが、一家に1冊あったと言われているほどです。

桜井:江戸時代は平和な時代で商売が発達し、計算は普通の庶民にも必要なことでした。
 その日常生活の中にある計算について、塵劫記にはたくさんの問題が載っている。
 米や俵や枡などを使った生活に密着した問題で、それが非常に高度なんです。

 その本が出たことで数学熱がさらに高まった。
 みんなが問題を解きたいと夢中になったんですね。
 将軍まで解いているんですから。
 庶民から将軍まで数学に熱狂した時代なんてどこにもない。
 日本の江戸時代後期だけです。

高濱:以前出演した「情熱大陸」というテレビ番組で紹介した中で一番評判がよかったのは、電柱の高さを葉っぱで測るというものでした。

 直角二等辺三角形の直角を作る2辺の長さは同じという定理を利用したもので、葉っぱを折り曲げて45度の角度を作り、それを利用して電柱から45度の地点を見つければ、電柱からの距離が電柱の高さに等しくなるというわけです。

 それと同じようなことが塵劫記に書かれていてビックリしたことがあります。
 塵劫記では葉っぱではなく手ぬぐいか何かを使うのですが・・・。
 葉っぱの話がウケたのも、日本人はやはり数学大国の末裔だからですね。
 日本人は元来そういうのが好きなんですよ。

子供の数学が伸び悩む背景に、孤立した母親の存在が

川嶋:我われ日本人は数学大国の末裔なのに、数学が嫌い、苦手だという人が多いのはなぜなんでしょう。

高濱:子供の数学が伸び悩む背景の1つに、母親の存在、意識があります。
 文系の母親というのは、心の底では算数や数学はつまらないものだと思っていて、言葉の端々にそれが出るんです。

 「算数なんてさっさと終わらせれば本をたっぷり読めるでしょ」
とか、そういう言い方をする。
 イヤな算数、数学は早く終わらせちゃいましょうと、子供を洗脳しているわけです。

 逆に理系の母親にも落とし穴があります。
 自分の水準が高いから、
 「なんでこんなことが分からないの」
というような言い方をして子供を算数嫌いにさせている。
 子供は楽しく算数をやっていたはずなのに、そういう大人の言葉が芽をつぶしてしまうんです。

 別にその母親はダメ親ではなく愛情に満ちているんですが、自分を客観的に見ていない。
 そして不安定で大らかになれないという状況があります。
 それは話し相手がいないからです。
 男は仕事もあるし外で評価されたりして頑張れるんですが、母親たちは孤立し、イライラしています。

高濱:本来は夫が話を聞いてあげればいいのですが、どこか食い違ってしまう。
 男は理詰めの話が好きだけれど、妻はそんなことを求めていない。
 要点だけ言ってくれ、なんていうのも嫌いです。

 女性にすれば要点だけで付き合ってどうするのと。
 女性同士の会話では要点は必要ないですからね、そういう性差があることをお互いに理解して付き合えばいいのですが、なかなか難しい。

 妻たちが「人としてどうなの」と感じている基準は、実は「人」ではなく「女性」の基準で、男には当てはまらないし、逆も真なのです。
 『夫は犬だと思えばいい。』という本では、別の生き物だという痛感と異性への想像力を持つことで、双方幸せになれるよということを書いています。



川嶋:大半の女性はいわゆる数学的なものを拒否しながら生きているということですか。

高濱:拒否というよりも、つくりが違う。
 男は論理が好きだし突き詰めたくなるけれど、女性はそうでもない。
 数学が得意な女性もいますが、数学オリンピックなどでも賞を取るのは男のほうが多い。
 男のほうが向いているということはあると思います。

 女性が数学を学ぶことの面白さ、喜びを分かれば子供たちにも絶対にいい影響がある。
 だから、母親たちを楽にすることで、結果として子供たちが生き生きとする仕組みを作りたいと取り組んでいます。

7歳の子供に数学の根源的な疑問を抱かせるサイエンスショー

桜井:僕は大学生の頃から20年間、予備校で高校生を指導してきました。
 しかし、教壇に立つたびにジレンマに襲われていたんです。
 こうやって教えて東大や東工大に入ったところで、入った途端に数学の勉強をしなくなるということが分かっているわけですから・・・。

 受験合格請負人というのも僕の本意ではなかった。
 そういうことをする塾の先生はほかにいっぱいいるわけだから、任せておけばいい。
 それで僕は塾にまで来て「勉強」することはないと生徒に話していたんです。

 そもそも君たちは「勉強」という2文字を真面目に考えたことがあるのかと。
 「勉める」ことを「強いる」と書く。
 強いられるわけです。
 僕は中学1年の時にそれに気づき、「勉強しない宣言」をしました。

 「学習」と「勉強」は雲泥の差です。
 英語には「learn」(学ぶ)と「study」(研究する)がありますが、
 勉強に相当する英単語を僕は知りません。
 要は勉強よりも学習を大切にするということです。

 「学ぶ、習う」の先にはもっとクリエイティブな高度な世界がある。
 「勉強」だけなんかしていたら絶対にクリエイトすることはできない。

 僕はインテリを育てるつもりはありません。
 職業に関係なく人間として数学を学ぶ幸せ、数学を学ぶことの面白さを知ってほしい。
 数学は私たち人間の標準装備の能力なんです。

川嶋:それで今は講演活動で数学の楽しさを教えているんですね。

桜井:サイエンスナビゲーターとして講演活動を始めたのは2000年です。
 サイエンスナビゲーターは今のところ日本に1人しかいません。
 そしてサイエンスエンターテインメントショーを繰り広げているわけです。

桜井:僕は、文系の女の子、数学嫌いの女の子の気持ちを180度転換させる、数学を大好きにさせるようなことをやりたいと思った。
 それで「数学」という言葉を使わないようにしました。

 また、小学生に講演する時には算数ではなく、数学の世界を見せます。
 しかも講演は100分。
 普通ならば小学1年生は1時間も耐えられないと思いますが、喜んで聞いている。
 映像と音楽で、映画を見ているように、時を忘れるように食い入るように見ている。

 質疑応答では、例えば小学校1年生が
 「先生、どうして足し算から勉強するんですか」
と聞いてくる。
 非常にいい質問です。

 それは世界が足し算でできているからだよと。
 掛け算も割り算もすべて足し算に集約される。
 だから足し算が一番大事だから最初に勉強するんですよと。
 そういう本質をついた質問が小学1年生から出るんです。

 見ている学校の先生や父兄はひっくり返る。
 自分の子供がそんな数学の質問をするのかと。
 それで学校の先生にはこういう話をします。
 7歳の子どもがそういう根源的な問いをするというのは当然のことです、それが人間なんですと。

 先生の中には算数の嫌いな生徒を半分バカにしたりする人もいるけれど、そういうことではいけません。
 小学生だってれっきとした理性が働く人間で、聞いたことを覚えていて考えているんです。

制度にしがみつく公教育。先生の間にも競争原理が必要

高濱:今の公教育に欠けているのは、面白さを伝えることだと私も思います。
 分かった、よっしゃと思った瞬間の快感を知っている子供は、それを中心に勝手に動き出す。

 答えが合っているかどうかだけに注目していると、結局面白くないという方向に行く。
 だから私の塾「花まる学習会」では、
 答えじゃなくて考え方が見えた瞬間こそ最高に面白いんだ
ということを伝える教育をやっています。

 公教育についてさらに言いますと、算数、数学に限らず死んだ状態です。
 仕組みを維持することに汲々として、免許制度にしがみついている。

 変革するのは簡単だと思います。
 人事制度に手をつければいいんです。
 塾の先生はほとんど教員免許を持っていないですが、親や生徒から圧倒的に信頼されています。

 なぜなら塾の先生は日々生徒の目にさらされ、生徒を魅了しなかったらアウトなので必死にやっている。
 そこが学校の先生との差ですよね。

川嶋:みんな平等を是としていて、それはいいことだと思いますが、ちょっと行き過ぎています。
 競争を避けるのは学校だけではなく、企業の中にも蔓延しています。
 医療の世界でもそのようです。
 日本の問題はすべてそこに集約されると思います。

 競争否定というのはダメですよ。
 だって競争することによってアイデアが出るのに、競争しなかったら先生たちも工夫しない。
 しかし、そういう競争は教育界ではすごく反発があるわけですね。

高濱:ええ。それで何をやるかというと、時間数を変えたり教える内容を変えたりしている。
 でも、それでは本質的なところは良くならない。
 本気でやって子どもたちを伸ばしたことが評価されるようにしないといけません。

桜井:僕は先生たちの研修もやるんですが、先生自身がもう一度、数学に感動して、数学力をバージョンアップしていってほしいですね。

世界は数学でできている。数学を伝える、使う、作るの3者が連携を

桜井:僕は今年、新しい高校数学「数学活用」の著者になりました。
 これは、師である横浜国立大教授の根上生也がリーダーとなり執筆した教科書で、来年度から本格的に全国の高校で使われます。
 それは、「人とともにある数学」を標榜したこれまでにない革新的な教科書です。

川嶋:数学は生活とかけ離れたものじゃないと。

桜井:そうです。
 1ページ目のタイトルが「世界は数学でできている」です。
 経済にしたって芸術にしたって物理学にしたって諸学問、諸芸術はみんな数学を使います。

 ヨーロッパで大学の哲学科に進むには数学が必修科目ですが、日本は経済学部に行く人でさえ数学が入試の必修科目になっていない。
 あり得ないことです。

川嶋:すべての学問の基本は数学だということですか。

桜井:学問だけではなく、世界は数学でできている。
 これが基本です。
 数学を伝える人、使う人、作る人、
 これを数学の3つの「つ」と言っているんですが、この3つがすべてこれほどたくさん存在している国は世界中で日本だけです。

 これだけ数学を伝える学校の先生がいて、数学を作る数学者がたくさんいて、これだけ数学を使って世界最高水準の製品を作る企業が日本にはある。

 ただ残念なのは、3者の連携が取れていないせいで日本人が数学大国であることをみんなが知らない。だから僕はこれからもサイエンスナビゲーターとしてその3者をつなぐ仕事をしていきたいと願っています。



高濱 正伸(たかはま・まさのぶ)
1959年熊本県生まれ。3浪で東京大学入学、4年間留年した後、同大学大学院に進み修士課程修了。現在、花まる学習会、スクールFC、数理教室アルゴを運営

桜井 進(さくらい・すすむ)
1968年山形県生まれ。東京工業大学理学部数学科および同大学大学院卒業。東京工業大学世界文明センターフェロー。サイエンスナビゲーターとして子供から年配者までが楽しめるライブショーも行っている(撮影:前田せいめい、以下同)




朝鮮日報 記事入力 : 2012/12/11 23:56
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/12/11/2012121103158.html

韓国の理数学力は世界トップ 「好き」は低水準

【ソウル聯合ニュース】韓国教育課程評価院は11日、国際教育到達度評価学会(IEA)が世界50カ国・地域の小学4年と中学2年を対象に実施した2011年国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果を公表した。

 小4と中2とも世界最高水準の学力を維持したが、理数学に対する興味は依然として低かった。

 韓国の小4は算数で2位、理科で1位となった。
 中2は数学が1位、理科は3位だった。
 小4は1995年調査と同水準だった。
 韓国の小4は1999年と2003年、2007年調査には参加しなかった。
 中2は2007年調査に比べ、数学と理科のいずれも順位を一つ上げた。

 日本は小4の算数が5位、理科が4位、中2は数学が5位、理科が4位だった。

 一方、数学が「好きだ」と答えた中2は8%、理科は11%にとどまった。
 数学の国際平均は26%、理科は35%。
 数学はスロベニアに次ぐ低水準で、理科は最低水準となった。
 小4は算数が23%と最低、科学は39%と3番目に低かった。 

 TIMSSは4年ごとに実施し、世界の小4と中2の平均点を公表している。
 今回、韓国は4335人の小4と5167人の中2がテストを受けた。


 韓国の子供は理数系に強いが、「好き」「興味がある」というより、必要に迫られた点数スタイルということのようである。

2012年10月26日金曜日

日本のゲームが世界で受ける理由は西洋文化との融合

_


● 19日、日本は世界最大のゲーム生産国で、数々のゲームを欧米諸国に進出させ大ヒットを記録してきた。その理由は一体なんだろうか?写真は中国のゲーマー。



レコードチャイナ 配信日時:2012年10月26日 6時2分      
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=65838&type=0

日本のゲームが世界で受ける理由は西洋文化との融合―中国メディア

 2012年10月19日、日本には家庭用ゲーム機「PlayStation 3」(ソニー)や「Wii」(任天堂)、携帯ゲーム機「PlayStation Vita」、ニンテンドー3DSなど多くのヒットゲーム機がある。
 また、代表的なゲームソフトにはドラゴンクエストやファイナルファンタジー、ゼルダの伝説、スーパーマリオ、ポケットモンスターなどがある。
 日本は世界最大のゲーム生産国で、数々のゲームを欧米諸国に進出させ大ヒットを記録してきた。
 しかし一方の欧米諸国のゲームは日本ではなかなかヒットしない。

日本の電子ゲームには以下の3つの特徴がある。

■(1)レベルアップすることに達成感を覚える

 米国人と日本人の違いは、前者はファーストパーソン・シューティングゲームが好きなのに対して、後者はロールプレイングゲームが好きで、自身が操るキャラクターがレベルアップしていく時の達成感を楽しむ。
 コミュニケーション学中の使用と満足理論の啓発を受け、米国の電子ゲーム研究者は
 「ゲーマーがゲームをするのには、
▽達成感の追求
▽ソーシャルコンタクト
▽ゲームの世界に浸る
―の3つの動機がある」
と指摘。
一方、「コンシューマーゲーム中の達成感はゲーマーにとって重要な要素となっている」。

 日本で最も流行したファイナルファンタジー(エニックス)とドラゴンクエスト(エニックス)は、レベルアップしていくために長い時間をかけて「修行」を積まなければならない。
 中国人は伝統的に儒教の思想の影響を受けており、「修行」は国家を治めたり、家を斉(ととの)えたり、平和にしたりするための根本で、
 「統治者から庶民に至るまでひとえに己の身を修めることから始めるべきである」
と考えている。
 また、
 「大学の道は、明徳を明らかにするにあり、民を親たにするにあり、至善(しぜん)に止(とど)まるにあり」
との考えの影響を受け、日本の電子ゲームのエピローグで、ゲームの主人公が最高レベルに達したり、超最強の武器を手に入れたりし、善である状態にとどまるという意味の「至善に止まる」という状態に達する。
 ドラゴンクエストシリーズに出てくる「もろはのつるぎ」や「天空のつるぎ」、「王者のつるぎ」、2回攻撃ができる「はやぶさのけん」、ファイナルファンタジーシリーズの「ラグナロク」や「ソロモンの剣」などがゲーマーを夢中にさせる最強のアイテムとなっている。
 日本だけでなく、中国や韓国のゲーマーもオンラインゲームのキャラクターがレベルアップしていったり、武器などの装備を探したりするのが大好きだ。
 この種のゲーム形態は欧米人が好きなシューティングゲームとは明らかに異なる。

■(2)「芸術」と化しているゲーム

 日本のゲームは米国のようにコンピューターグラフィック(CG)を駆使した迫力ある視覚効果を楽しむのではなく、美しく興味をそそる音楽を使ってゲーマーを魅了する。
 日本のゲームは非の打ちどころのない芸術品のようでもある。

 アニメやゲームはもともと密接な関係があり、中国ではアニメーション、コミックス、ゲームの3つを「ACG」とする総称があるほどだ。
 日本には世界一のアニメ産業があり、電子ゲームと結合して共に発展を遂げている。
 例えば、ドラゴンクエストの原画デザインは人気アニメ「ドラゴンボール」の作者・鳥山明氏だ。
 「ドラゴンボール」は中国の人気小説「西遊記」の影響を大きく受けたアニメで、世界で3億5000万冊を販売した。
 そのため、鳥山氏が製作に関わった「ドラゴンクエスト」は登場するとすぐに、ゲーマーらの間で大人気となった。

 一方、「ファイナルファンタジー」の画像と音楽も好評を博している。
 ファイナルファンタジーシリーズのゲームのキャラクターデザインは画家・天野喜孝氏が手掛けている。
 天野氏は米国のスーパーマンやバッドマンの生みの親のイラストレーター、ボビー・ニール・アダムスの影響を大きく受けており、ファイナルファンタジーなどには西洋の雰囲気が深く漂っている。
 そして、ファイナルファンタジー7以降は、若手の野村哲也氏が天野氏の後を継いでキャラクターデザインを担当するようになった。
 その理由は野村氏の画風が簡潔明瞭で3Dに適していたからだ。
 人気のファイナルファンタジーの音楽は独学で才能を発揮した作曲家・植松伸夫氏が担当している。
 植松氏は12歳の時にピアノを始め、子供のころから英国のシンガーソングライター、エルトン・ジョンのファンだった。
 エルトン・ジョンは1970年の「僕の歌は君の歌」のヒット以降コンスタントに活動を続け、現在までに全世界で2億5000万枚のレコードセールスを記録。
 グラミー賞やアカデミー賞を何度も獲得している。
 香港のスーパースターで「歌神」と称される歌手、ジャッキー・チュン(張学友)や中国におけるロックンロール創始者といわれるツイ・ジェン(崔健)なども70年代、絶頂期だったエルトン・ジョンの影響を大きく受けたといわれている。
 植松氏の音楽はファイナルファンタジーの面白さを一層引き立て、その才能が広く知られるようになり、世界中でコンサートを開催するように。
 中国の女性トップ歌手、フェイ・ウォン(王菲)もライブでファイナルファンタジー8の主題歌を披露したことがある。
 ファイナルファンタジーの生みの親である坂口博信氏はこれら優秀なデザイナーや音楽に恵まれ、ゲーマーに「芸術作品」を提供している。

■(3)文化の「交雑」

 グローバル化時代の文化は「交雑」の文化といえる。
 グローバル化は単に米国化していくということではなく、「雑種文化」を生んでいると考える専門家もいる。
 「交雑」とは農業用語だが、今では文化研究など広い分野で応用され、グローバル化の文化という分野を説明する言葉ともなっている。
 通常、グローバル化とは現代化する過程で頻繁に使われるようになった言葉だが、同専門家はもっと広い意味でグローバル化という言葉をとらえている。
 グローバル化をアメリカ化と誤解している人も多い。
 同専門家によると、歴史や進化論という観点から考えると、この観念は非常に浅はか。
 人類共通の先祖はアフリカで出現したといわれており、その後、現生人類祖先とネアンデルタール人との交雑を経て、世界各地に拡散していったという説がある。
 人類も交雑を経験した生き物で、人類の文化も一種の交雑文化というわけだ。

 日本のゲームの特徴の1つは東洋と西洋の文化要素融合に成功していることだ。
 中国の清末民初の学者・辜鴻銘(こ・こうめい)は
 「中国文明の精華を真の意味で受け継いでいるのは中国人ではなく日本人。
 前漢(紀元前202年-8年)や唐(618-907)時代に中国文明が形成され、元(1271-1368年)ごろから遊牧民族の侵略を受け、踏みにじられ、侮辱され、断ち切られた。
 そして、その大部分が失われてしまった。
 一方の日本は元の初代皇帝・忽必烈の攻撃に耐え、海外でありながら中国文化を守った」
と指摘したことがある。
 日本には、「三国志」や「三国無双」、「幻想水滸伝」など中国を大勢にしたゲームがたくさんあり、人気を博している。

 日本のゲームには東洋の要素だけでなく、西洋の要素も多く盛り込まれている。
 例えば、「スーパーマリオ」の主人公マリオの名前の由来は、NOA(Nintendo of America)の倉庫の大家であるイタリア系アメリカ人、マリオ・セガールが偶然にもこのキャラクターに似ていたからといわれており、鼻が高く、ひげを伸ばし、作業着を着た姿は西洋人にも受け入れやすいキャラクターだった。
 同様に「ゼルダの伝説」の主人公・少年リンクも金髪で青い目をしている。
 さらに、ドラゴンクエストのストーリーにも西洋の様式が組み込まれ、城や騎士、王女などが登場する。
 ファイナルファンタジーは現在、14作出されており、ストーリーは古代から現代までさまざま。
 主人公は常に西洋人をイメージした金髪だ。
 例えば4作目のセシル・ハーヴィ、7作目のクラウド・ストライフ、10作目のティーダなどだ。
 先ほど触れたように、ファイナルファンタジーは画像や音楽が西洋の影響を大きく受けていることが、西洋諸国市場で大きな成功を収めた大きな要因だ。
 しかし、これらのゲームは単に西洋化されたゲームというわけではない。
 例えば、ファイナルファンタジーには刀を持った武士や忍者のキャラクターも登場する。
 ドラゴンクエストにも、中国を象徴する龍のキャラクターや日本神話に登場する伝説の生物・ヤマタノオロチなどが登場する。
 今では日本の電子ゲームが「雑種文化」の典型的な例となっている。

 専門家は
 「中国人は日本の研究を必ず重視しなければならない。
 なぜなら、日本は中国にとって脅威であるだけでなく、中国人と同じ黄色人種として、多くの模範を残しており、中国の欠けている部分を映し出してくれているからだ。
 日本との関係をいかにうまく処理するかは中国が今抱えている問題を解決するためのカギといえる。
 中国にも『仙剣奇侠伝』や『軒轅剣』、『大話西游』など人気となっているゲームがあるが、西洋諸国のゲーマーは中国古代の世界を理解できず、欧米諸国で人気を博すのは難しい」
と指摘。
 別の専門家も
 「民族国家は未完成の国家で、世界的なゲームの中で民族国家と戦うと、必ず負ける」
と指摘。
 中国は日本から学び、世界中の人々が受け入れられるゲームを生みださなければならない。
(提供/人民網日本語版・編集/TF)





レコードチャイナ 配信日時:2012年11月7日 17時30分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=66207&type=0

日本アニメ、人気の秘密は「民族文化」―中国メディア

 2012年11月6日、海外の人の目に日本人は「二面性がある」と映るようだ。
 米文化人類学者ルース・ベネディクトは著書「菊と刀」(1946年)の中で、
 「菊づくりに秘術をつくし、芸術や美を賛美しながら、他方では刀を崇拝し、武士に最高の栄誉を帰する」とし、日本人は「野蛮な一面と温和な一面を兼ね備えている」
と描写している。

ルース氏は同書でさらに
 「日本人は頑固でありながら、環境に応じて忍耐することも知っている」、
 「従順でありながら、他人に操られることを嫌がる」、
 「忠実でありながら、反逆心もある」、
 「勇敢でありながら臆病」、
 「保守的でありながら、新しいライフスタイルを取り入れるのが好き」
と日本人の性格を描写している。

 日本人がこのように、東洋の上品で含みのある表現の仕方と開放的で自由な西洋の性格両方を兼ね備えるようになったのは、「島国」という地理特性によるもので、この「二面性」は日本のアニメ作品の中でも表現されている。

1)武士道の精神 

 日本人は武士道の精神を尊んでいる。
 戦争当時の「天皇のため、お国のため」という精神はまさに武士道の精神の集約と言えるだろう。 
 1980年代の人気漫画「聖闘士星矢」はギリシャ神話をモチーフにしているものの、女神アテナを守るために戦う闘士聖闘士(セイント)らの精神は「武士道の精神」だ。
 聖衣(クロス)と呼ばれる防具をまとい、星雲鎖(ネビュラチェーン)などの武器を持つが、各ストーリーの中で首尾一貫して貫かれているのはやはり武士道の精神だ。
 また現在、中国でも圧倒的な人気を誇るアニメ「NARUTO―ナルト」に登場する忍者達が、心の中で守っているもの、夢、最後まで戦い尽くすその姿はいずれも、忠誠を尽くし、勇敢に戦う武士道の精神の表現である。

2)団結精神 

 ヒーローが大好きな米国と違い、日本のアニメ作品の中では団結の重要性が強調されている。
 日本の各アニメの主役には、必ずいっていいほど、息のピッタリあったチームが存在し、チームの成員は主役の引立て役を務めると同時に、個々の個性も備え、そのストーリー全体に花を添えている。 
 例えば、90年代の人気アニメ「SLAM DUNK(スラムダンク)」に登場する、湘北高校バスケット部の主役は言わずと知れた桜木花道。
 しかし、脇役の流川楓や赤木剛憲、三井寿、宮城リョータ、木暮公延、赤木晴子、「桜木軍団」などは桜木にとって、バスケットチームと友情軍団の2チームを構成している。
 また、「美少女戦士セーラームーン」に登場するセーラー戦士たち、「ドラゴンボール」のクリリン、亀仙人、チチなども同じだ。日本のアニメは団結精神や協力する精神を作品の中に盛り込み、若者たちの心にそれを浸透させている。
 そのため、人気となるアニメ作品は子供たちを楽しませるだけでなく、生活の知恵や人生の哲学なども色濃く含んでいるため、老若男女にかかわりなく人気となる。

3)伝統的な民俗文化 

 日本のアニメにはロマンチックな桜道や美しく舞う桜ふぶき、桜の木の下に集まる人々などのシーンがたびたび登場し、男女問わず伝統衣装である着物を身にまとっている。
 そして、一面に敷かれた芝生の上に座って、楽しそうに弁当をみんなで食べている。
 このようなシーンが日本人の特徴をさらに鮮明なものにしている。
 美しい着物、おいしいお弁当、詩のワンシーンのような桜道、高層ビルと対照的に映し出される神社、空中を気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼり、整然と広がる田んぼなど、日本の漫画家は自身の作品の中に日本の特徴のうち、最も美しい一面を存分に織り交ぜ、日本文化の特色を発信している。

4)自由な想像力と創造力 

 日本を代表するアニメーション・映画監督である宮崎駿氏の代表作、「となりのトトロ」を見たことがある人なら、トトロがサツキとメイを抱いて、田舎を飛び回る名シーン、サツキとメイがネコバスに乗るシーンなどを覚えているだろう。
 これらのシーンはいずれも我々が子供のころに、夢に出てきたシーンのようで、懐かしい思いにさせられる。
 日本の漫画家は伝統文化から、ひらめきのようなものを感じ、想像力をはたらかせて、それを専門的な画法や絶妙な色彩術を通してアニメ作品の中で表現し、同時にリズミカルで魅力あるストーリーを展開するのが非常に得意だ。
 さらに、日本人は非常に寛容な民族で、この性質が日本人の創造力につながっている。
 鳥取県中部に位置する北栄町は、中国でも人気のアニメ「名探偵コナン」の作者として知られる漫画家青山剛昌氏の出身地で、それに端を発した「コナンの里」構想での町おこしを行っている。
 同町の住民票にはコナンの透かしが入っているほどの力の入れようだ。
 このような日本人の創造力は経済的利益を求めるためではなく、それを心から愛する感情から出たもので、このような創造力は限りない原動力ともなる。

 上記に列挙した例は日本のアニメのうち、文化の真髄や民族精神を最も分かりやすく表現している作品にすぎない。
 日本のアニメが世界的な人気を誇っているのは、ポストプロダクションなど技術的な面で優れている以外に、民族を代表する人格や特色を反映しているというのが最も主要な原因だろう。
 伝統的な民族文化が日本のアニメの「魂」となっている。これが日本のアニメと欧米諸国のアニメの違、いだろう。
 一方、発展過程にある中国のアニメ産業も民族文化の核心的価値をそこに盛り込み、伝統文化からその基礎を探し出すべきではないだろうか。

 中国のアニメ産業は現在、世界のアニメ産業という分野においては低迷しており、発展途上と言わざるをえないが、60年代は「大闇天宮」や「小蝌蚪找媽媽(おたまじゃくしがお母さんを探す)」が、80年代には「ナーザの大暴れ」「琴と少年」などが世界でも名を馳せた。
 これらの作品はいずれも、中国の神話小説など中国特有の民族文化と関係があり、これが中国のアニメ産業の「復活の道」への道しるべではないだろうか。
 (提供/人民網日本語版・編集/内山)






【ファジイ集合体国家】



__

2012年10月24日水曜日

日本の共働き世帯55%に、ライフスタイルも変化

_




朝鮮日報 記事入力 : 2012/10/23 10:50
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/10/23/2012102300994.html

日本の共働き世帯55%に、ライフスタイルも変化   

 日本では今年上半期、共働き世帯が総世帯(単身世帯を除く)に占める比率が55.3%と過去最高を記録した。
 共働き世帯の比率は、高度成長期の1980年には26.5%にすぎなかったが、女性の社会進出の広がりや景気の低迷などが重なり拡大を続け、2001年には40%に達した。
 日本では今や、2世帯に1世帯以上が共働きをしていることになる。

 日本経済新聞は22日、共働きが社会の主流になってきているとし、女性の積極的な社会進出に加え、ここ数年は夫の収入減を妻のパートで補う「生活防衛型」の共働きも増えている、と報じた。
 共働き世帯のうち、妻の就業時間が週35時間未満の割合は、上半期に57.2%に上昇した。

■ニュータウン人気が下火に

 共働き世帯の増加に伴い、住居形態やライフスタイルも大きく変化している。
 日本では1970年代から80年代にかけ「会社員・専業主婦とその子ども」という一般的な家族にとって、郊外のニュータウンが「夢の家」だった。
 会社員の夫が通勤に1-2時間かかろうとも、妻と子どもが広くて快適な郊外での生活を楽しめるためだ。
 しかし、共働き世帯が急増するにつれ、通勤に不便な郊外住宅の人気が下火になり、交通の便がよく利便施設も多い都心の住宅が好まれるようになった。
 日本政府は、人口減少や共働き世帯の増加などを考慮してニュータウンの開発を中止し、都心の再開発に力を入れている。

■パン購入費がコメ購入費を上回る

 流通業にも変化が起きている。
 共働き世帯にとっては大型ショッピングセンターよりも自宅近くのコンビニの方が便利なことが多いため、総菜など食料品が充実したコンビニが一般化した。
 また、電子レンジで温めるだけで食べられるインスタント食品も急速に普及した。
 弁当や総菜などを購入して自宅で食べる「中食」産業も急成長している。
 朝食にご飯の代わりにパンを食べる世帯が増え、昨年には2人以上の世帯の年間パン購入費が初めてコメ購入費を上回った。

■増える「イクメン」

 日本では先ごろ、育児に積極的な男性を表彰する「イクメン・オブ・ザ・イヤー」の授賞式が行われた。
 男性の育児参加を促すため、厚生労働省の後援で昨年から始まったものだ。
 読売新聞によると、6歳未満の子どもを持つ男性が1日に育児・家事に充てる時間を調査したところ、平均1時間7分と5年前(38分)の倍近くに延びた。
 育児に積極的な男性が増え、会社の飲み会が減るなどの変化も出ている。

■「社会保障制度の見直し必要」

 一方で、社会保障制度は共働き世帯の急増に伴う変化に追い付いていない。
 その代表的なものが国民年金制度だ。
 夫が会社員の専業主婦は保険料を納めなくても国民年金をもらえ、夫の会社の健康保険にも加入できる。
 だが、週30時間未満のパート勤めでも年収が130万円以上になると夫の扶養から外れ、自分で年金保険料を納めることになる。

 日本経済新聞は、この制度のため収入が130万円未満になるよう仕事を抑える妻が多いと指摘。
 「専業主婦世帯を基準とする税・社会保障制度は時代に合わなくなっており、共働き世帯を基準とする制度への改革を求める声が強まっている」
と伝えた。
 日本では高齢化に伴い生産年齢人口が急減しており、女性の社会参加拡大が国の課題に浮上している。




【ファジイ集合体国家】



__

2012年8月26日日曜日

日本が毅然とした行動にでられるようになった2つの理由

_



 最近の対中国、対韓国への態度はこれまでの日本に見られぬほど毅然としたものである。

 一体なにがあったのだろう?
 と、疑問符がつくほどの変わりで様で誰もがびっくりしているのではないだろうか。
 「日本って、こんなことできたったけ
と、おそらく日本人自身が唖然としているのではないだろうか。
 これを中国・韓国側からみるとさらなる天地動転のこととなる。

 いつもなら、侵略の歴史を持ち出せば
 「ごめんなさい」
と引っ込んでいたものが、ガラリと姿勢を変えて、攻撃に出てきている。
 共産党機関紙に
 「日本にその覚悟はあるのか」
と書いて脅しをかけたが、防衛白書で
 「やるつもりだ」
と返答した。
 とすると、
 「ウソだろう」
と、どうしていいかわからずオロオロしている姿が、ネットニュースのあちこちにみかけるようになった。
 「一対一でやれば中国必勝、日本必敗」
とか、
 「海のゲリラ戦、人海戦術でやっつけよう」
とか、どうにも足が地につかなくなってきている。
 下手にやると、これがきっかけて中国国内が沸騰し、それが暴走して政府当局に向かって危機感すら出始めた。
 ジャスミン革命ならぬ、魚釣革命が発生する火種が作られる可能性もある。 

 李民博大統領の竹島行きは韓国では人気取りにはなったが、それが韓国を崖っぷちまで追い詰める結果になりつつある。
 さらには天皇侮辱発言で日本では総スカンを食らっている。
 李民博の退任を挟んでの一年間、
 韓国は日本からの経済制裁に耐えるという状況

に追い込まる確率が高くなってきている。
 日本が後ろ盾をやめれば、世界の投資筋の資金は韓国から逃げていく。
 ヨーロッパから始まった不況は中国を経て、いまや韓国まで巻き込みつつある。
 韓国の経済見通しはどれも暗く、そんなときに、資金が韓国離れしたらどうなる。
 国家予算の1.5倍の借金を背負っている国である。
 世界大不況の足音を聞くいま、考えるのも恐ろしい結末になってしまう。
 
 これまでの日本の姿勢というのは、いわゆる「トランジスタセールスマン」と言われたように、むやみに腰が低く卑屈で、強気に出られるとすぐに反省して引っ込んでしまうこと、どちらかというと二心のあるしたたかなヤツという’姿が定石化していた。
 ところがどうだろう、昨今はそんな姿はまるで影をひそめ、一転して強気の態度に変身している。
 このような姿はこの半世紀間、お目にかからなかったことである。
 いったいどうしたことだろう。
 中国韓国が読み違えてしまうのも無理はない。
 日本人すらわからないのだから。

 それをあえて探れば2つの出来事に行き当たる。
 2011年に起こった事件である。
 それはこれ、

①.ナンバー2からの離脱
②.東日本大津波 

 
 日本はヨーロッパの世界地図でいえば東の外れの小さな島である。
 それがなぜか、四十数年間にわたって世界ナンバー2 の経済大国として君臨してきた。
 なぜ、どうして、資源もなんにもない国が経済ナンバー2 なんだ。
 豊富にとれる地下資源といえば、石灰ぐらいなもの。
 よってセメントは豊富に作れる。
 いいかえれば「コンクリート大国」程度のもの。
 あとはまったくダメ。
 それがどうしてナンバー2 になれるのだ。
 どう考えても腑に落ちないことである。
 ヨーロッパなどは、この訳のわからない日本という国に恐怖し、共通してことに当たらねばと「共同体」までつくり、通貨すら同じにしてしまった。
 そんなに日本はコワモテだったか?
 いつもニコニコ周囲との融和を図り、正面には出ないように、ちょっと無理な言い分も一生懸命聞いて、カドを立てることなく、領事館に石を投げ込まれてもじっと耐え、国旗を踏まれ焼かれても抗議もせずに、おとなしく勤めてきたように思うのだが。 

 そんな日本の経済ははやはりイカサマだった。
 経済はバブルで崩壊してしまった。
 「それ見ろ」、やはり、あのナンバー2 はハリボテだと誰もが思った。
 日本はバブル処理で苦しみ、
 「失われた十年」
に突入した。
 がしかし、なんとその失われた10年の間も、ナンバー2 であった
 通常なら、ハリボテ経済が崩壊すれば、別の国が日本に代ってナンバー2 になるはずではないのか。
 日本はとんでもないダメージを食らって死に体になっているのに。
 それなのに、まだナンバー2 を続けるって、「ウッソー」。
 失われた十年は更に続き、「失われた二十年」に延長された。
 でもなんとまあ、やっぱり日本なナンバー2 をやっている。
 代ってくれる国が出てこない。
 「どうして」
 日本は満身創痍のはずだ。
 20年にもわたって失われたはずだ。
 ヨロヨロしていて、足もおぼつかないはずだ。
 まったくどうなっている。

 そしてやっと、昨年2011年に中国が出てくれた。
 中国サマサマ、万々歳である。
 これで一息いれられる。
 気楽に休める。
 日本は四十数年間、ナンバー2 に君臨し続けた。
 その間に、失わた20年が後ろに挟まっていてもである。
 ならその「失われた」とはなんだったのか。
 いったい、何が失われたんだ!
 東の端の小さな島国が、延々とナンバー2をやってきた。
 誰も代ってくれなかった。
 誰も助けてくれなかった。
 座をおりたくても下ろしてくれない。

 ナンバー2 っていうのは大変なんだよ。
 先進国として、途上国の意見を聞いて、やたらとふっかけてくる無理難題もご無理ごもっともと耳を傾け、私が悪うございました、と頭を下げ、みんなが丸くおさまるようにいろいろと気を使って根回しをしホトホト疲れるのだ。
 少なくとも、東の端の無資源の小さな国がやることではない。
 なのに、誰も代ってくれない。
 辞めたいのにやめさせてくれない。
 ひたすら頭を下げ腰をかがめて回りのご機嫌をとってきた。
 昨年、やっと開放された。

 普通の先進国になった。
 もう、回りのご機嫌伺いをしないでいい。
 自由に思ったことをやっていける。
 誰に対しても自分の意見が述べられる。
 いつもいつも自分を殺して相手の文句ばかり聞いている必要はなくなった。
 やっと肩の荷をおろし、軽快だ。
 フットワークが軽くなった。
 相手の顔色を伺いながら、行動する必要もない。
 思ったことを思ったようにできるようになったのだ。
 おかしいと思ったら「noと言える日本」になってもいいのだ。
 これまでは、絶対にこの「no」を言ってはならなかった。
 世界の平和と安定と発展成長のために、自己犠牲を強いてきた。
 それがナンバー2 の役割であった。
 長い間、忍従ご苦労さん。
 もう、それも終わった。
 
 特にナンバー1 とナンバー2 には文句言ってもいい。
 彼らがその地位にいるということは、そういう役割が期待がされており、はたすべき責務を追っているということだ。
 中国をこれまでのように、途上国とみる必要はなくなった。
 ナンバー2 の世界大国を見ていい。
 おかしいと思ったら、文句を言ってもいいし、反発してもいい。
 それが普通の国のやりかたである。
 ナンバー2 はそれを受け止める国である。
 それがナンバー2 に課せられた役割・役目である。
 普通の国の様々なクレームに耐えていくのがナンバー2の責務である。
 日本は周囲の国に、自分の意見を言える立場に立ったということである。
 自分の判断で、正しいと思ったことは実行できる立場を得たということである。
 ここまでくるのに長い道のりであったが、やっと「普通」を手にいれたのだ。
 これが、変化の第一の理由。

 第二の理由は東日本大津波。
 今生きているものにとって、初めての経験となる未曾有の津波。
 想定の外の外の外のシロモノ。
 この津波が発生したとき、いみじくもアメリカの経済学者がいった。
 「残念なことだが、日本は貧しくなる」
 二万人がなくなり、20兆円という社会資本が消えた。
 誰もが日本は貧しくなる、そう思っただろう。
 しかし、1年余の月日が流れたが、いまのところ貧しさが目立った形では現れていない。
 いっとき、自動車生産が停止したが、今期にその落ち込みを埋め合わせるかのような急激な増産販売に入っている。
 すべてが、その形で動いている。
 
 この津波が日本人の心にもたらしたものは、
 2万人の人命と20兆円のダメージから回復する力が日本人にはある
という絶対的な自信である。
 原発がすべて止まった。
 50基が皆、停止した。
 それを、日本人は受け入れた。
 そしてやってきた。
 夏場に入り、動き出したものもあるが、しかし、ほぼゼロで日本はやっている。
 このことは日本人にはそういう状態でもやっていけるということを、経験できたということである。
 これまで「経済成長、経済成長」と、麻薬のようにこの言葉にとりつかれていた。
 だが、原発が止まっている今、経済成長はなかろう。
 そして、
 日本は経済成長なんてお題目はもういらない
 そういうネクスト状態に入っているということを身を持って理解できたということである。
 
 この津波で得たものは、日本は「2万人、20兆円」の災害なら十分耐えられるということ。
 外国からの援助に頼らず、自前でその復旧を秩序正しく行えるということ。
 エネルギーの供給を幾分止めても、日本人はガマンがで出来る民族だということ。
 災害時でも取り乱さず自分を律して集団精神、自助精神が発揮出来るということである。
 ということは、極言すれば太字 2万人と20兆円という災害にあっても、日本人は正しく行動できる
ということを身をもって学んだということである。
 
 結論からいうと、これまでのように卑屈になる必要はない、ということである。
 日本人は耐えられる、2万人の人命と20兆円の災害にあっても。
 そしてそれが戦争災害であってもである。
 
 さらには、この災害で一番すごかったのは天皇の行動である。
 あの被災地を訪れ、体育館身を寄せた人々に膝を折って声をかけて回る姿は日本民族の脳裏に焼き付いたことであろう。
 誰もが思うだろう、この天皇をケガレさせてはならない、と
 正直なことをいうと、私は昭和天皇はどうしても好きにはなれない。
 個人的な意見で悪いのだが、あの顔をみるだけで腹立たしく思うのである。
 そしていっとき、天皇制などぶっ潰してしまえ、と思ったほどである。
 また平成天皇は可もなく不可もなく、ただいるだけのオボッチャマ天皇だと思っていた。
 せいぜいのところ女性週刊誌をにぎわす程度のモノと見ていた。
 だが、この平成天皇が被災地を積極的に回る姿を見て、
 「この天皇はエライ
 天皇らしい天皇だ。
 評価がガラリと変わった。
 この人を見殺しにしてはいけない、そう心から思った。
 おそらく、多くの人もそうだろう。
 この人をケガレさせてはならないと。

 この大災害は銭勘定だけがすべてといった
 経済成長という麻薬に心奪われた日本人に、
 民族の原風景を思い出させてくれたように思う。
 日本人はひ弱ではない。
 ナンバー2 を降りたいま、日本人は一国のあり方として、正しいと思うままに意見を述べ、’行動すべきだと思う。
 そしてそれが、何らかのダメージを伴うものであっても、日本人の心風景を大切にして、耐えるとき耐える必要があるということ、そして、日本人はそれに耐えられるという経験をしたのだということだと思うのである。
 
 おそらく、この2つの事件が
 日本人を毅然とした民族に導いてくれた
のではないかと思っているのだが。



【ファジイ集合体国家】



__

集団主義に向かう日本:,銀座パレード

_

メダリストが銀座パレード、沿道に50万人
JNNニュース




朝鮮日報 記事入力 : 2012/08/22 09:17
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/22/2012082200603.html?ent_rank_news

集団主義に向かう日本
五輪メダリストの銀座パレードに50万人もの観衆…なぜ?


 東京・銀座で20日に行われたロンドン五輪のメダリスト歓迎パレードに、50万人を超える観衆が押し寄せ、日本国内でも「予想外の熱気」と驚きの声が上がっている。
 平日であるのに加え、イベント実行が決まったのが今月16日と直前だったことから、日本メディアは当初、10万人程度の人出を予想していた。
 しかしこの予想は大きく外れた。
 これについて専門家は
 「長期不況、頻繁な首相の交代、原子力発電所の事故などに伴う日本国民の不満と不安が“ナショナリズム”として噴出しているのではないか」
と分析している。
 市民運動家の中川美由紀さんは
 「パレードには、五輪を利用し、ナショナリズムをあおるという側面がある。
 東日本巨大地震に直面し、日本社会でファシズムやナショナリズムの雰囲気が徐々に強まっている」
と語った。

政界への不信が天皇陛下の存在感を浮き彫りに

 李明博(イ・ミョンバク)大統領による天皇陛下への謝罪要求発言を受け、極右的な自民党だけでなく民主党すら「天皇陛下に対する侮辱」と一斉に興奮している。
 こうした反応は、戦後に象徴的存在へと格下げされていた天皇の存在感が、東日本巨大地震の後に大きく浮き彫りになったこととも無関係ではない。
 東日本巨大地震や福島第一原発の事故にもかかわらず、政界が政争にばかり没頭しているため
 「信じられるのは天皇陛下しかいない」
という雰囲気が広まった。
 日本のあるメディア関係者は
 「原発事故の直後、日本全体が動揺する中、天皇陛下がテレビで話をすることで社会が全体的に安定を取り戻した。
 また天皇陛下が被災地をしばしば訪れ慰問をしたことで、危機における日本の中心はやはり陛下だという認識が広まった」
と主張した。

若者中心の「ネット右翼」が反韓運動を主導

 伝統的に反韓運動を率いていた極右派といえば、帝国主義への郷愁が強い高齢層か、暴力団だった。ところが最近になって、インターネットを中心に若い極右派が勢力を拡散している。
 その正体は、韓流ドラマ反対デモを行ったり、韓国の女優キム・テヒのCM降板を強要したりする勢力がネットを中心にして集まった「ネット右翼」だ。
 ネット右翼は、景気の冷え込みが長期化する中で積み重なった社会への不満を、反韓流という形で表出させている。
 ネット右翼の広がりは、日本政府の歴史歪曲(わいきょく)教育、日本社会の全般的な右傾化の結果だという分析もある。
 市民団体のあるメンバーは「最近、挺身(ていしん)隊関連の集会を行ったところ、若い層や女性を多数含む極右団体のメンバーが押し掛けて妨害した。
 若い層に右翼的な思考、ナショナリズムが急速に広まっている」と語った。

■戦後世代のゆがんだ意識

 世宗研究所の陳昌洙(チン・チャンス)日本センター長は
 「戦後世代は、韓国が歴史問題で批判すると、自分たちが生まれる前に起こった問題でなぜ自分たちを煩わせるのかという反応を示す」と分析した。
 政界でも、40-50代の戦後世代が主導的勢力に浮上し、領土問題や日本軍の従軍慰安婦被害者への謝罪要求に対し、感情的に反発している。
 どちらかといえば革新寄りだと評価されている枝野幸夫経済産業大臣も、李大統領の独島(日本名:竹島)訪問に関して
 「円満な経済協力関係の発展のためには(竹島と尖閣諸島〈中国名・釣魚島〉が)日本固有の領土だという事実を韓国と中国が認識すべき」
と主張した。
 日本のナショナリズム・再軍備をけん制してきた旧社会党・共産党が少数政党に転落したのも、こうした雰囲気を反映した結果だ。
 相当数の政治家が、軍事的に大国化する中国が、領有権をめぐって対立している尖閣諸島をいずれ占領しに来るだろうという「中国脅威論」を掲げ、平和憲法の改正と再軍備を主張している。


 一種の集団主義に向かっていることは確かである。
 中国や韓国ほどのものではないが、確かに昨今では見られぬビックリ風景である。



【ファジイ集合体国家】



__

2012年7月30日月曜日

定年延長を義務化・制度化:終身雇用の崩壊目的

_




サーチナニュース 2012/07/30(月) 12:51
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0730&f=politics_0730_006.shtml

日本はなぜ定年延長を義務化・制度化しようとするのか=中国

  中国網日本語版(チャイナネット)は30日、日本が定年延長を検討していると報じ、賛成と反対の声を紹介した。
 以下は同記事より。

  日本では60歳を超える労働者をよく見かける。
 スーパーの警備員やタクシー運転手の多くは定年退職後の高齢者だが、業務態度は真剣そのものだ。

  日本の高齢者は、定年退職後も働きに出ることを好む。
 統計データによると、2009年の60?64歳の就業率は57%に達した。
 日本政府は高齢者の勤務を奨励しており、高齢者を採用した企業に対して一定の援助を行っている。
 日本政府は今年新たな法案を提出し、定年を原則的に65歳まで延長することとした。

  日本はなぜ雇用年齢を65歳まで延長することを義務化・制度化しようとしているのか。
 その主因はやはり、日本の高齢化だ。
 国立社会保障・人口問題研究所の推測によると、日本の高齢者数は2014年に3300万人に達し、高齢者が総人口に占める比率が2024年に30%に達し、2055年には40.5%まで上昇する見通しとなっている。

 高齢化により、年金不足や医療費増加が生じるが、日本の社会保障に充てられる費用は、毎年1兆円のペースで増加している。

  日本社会において、定年延長については賛成者が多い。
 『日本経済新聞』が6月4日に発表した調査結果によると、新法案の賛成率は49%に達し、反対率は15%のみとなった。
 賛成者の80%は、年金がなく生計が立てられないことを第一の理由として挙げた。

  また、「60数歳でもまだ若い」、「60数歳の社員は知識と技術を持っている」、「仕事が老いの防止につながる」、「現行制度に問題がある」などがそのほかの理由として挙げられた。

  反対者の69%以上は、定年延長により若者の就職に影響が生じるとした。
 また、
 「退職者の全員が知識と技術を持っているわけではない」、
 「現在働いている人の給与が減る可能性がある」、
 「企業の負担が増加する」、
 「失業問題を先に解決すべき」
などがその理由として挙げられた。

  反対者の意見も筋が通っている。
 NTTは7月11日、60歳以降の再雇用制度(年収は最高で400万円)の実施を発表し、若い従業員の昇給に影響が生じる可能性があるとした。
 経団連の調査によると、60歳以上の社員の継続雇用が義務化されれば、若い社員の採用数を減らすとした企業が、全体の3分の1に達した。
 労働政策研究研修機構の周燕飛副主任は、「若者の仕事は、高齢者に奪われやすい」と指摘している。


 65歳定年制導入の最大の理由は、年金受給期を遅らすことである。
 年金はすでにパンクしており、これからはヤリクリでなんとか食いつないでいかないといけない。
 年金をプラス化する手段はまるでみあたらない。
 よって残された手段はどんどん受給開始時を遅らせ、受給金額を減らしていくことしかない。
 定年を延長すれば当然のこととして、若者の就職口を奪うことになる。

 現在でも若者は就職難に陥っている。
 成長期は人が欲しかった。
 大工場なら数百人が働いていた。
 いまではオートメ化で数十人もいればいい。
 その分、職場が消えた。
 この方向はこれからも変わらない。
 IT化はどんどん若者の職場を奪っていく
 人手がなくても生産量は大きく伸びるという社会に突入している
ということである。
 これから、更に
 生産量の伸びに反比例する如く社員数は減っていく、
というスタイルに変わってきている。。
 生産システムがそういう時代に入ってきているということである。

 さらに言えば、企業は
①.老人はいらない
②.今の技術は未来では通用しないがゆえに今の社員を未来雇用する必要はない
 それがゆえに、戦力は時々で集め、そして時々で減らしてゆくという伸縮構造にしないといけない。
 つまり、ほんの一部の社員をのぞいて、あとは時代の要請で雇用し、首切りできる形が望まれるということになる。
 よって、
 65歳定年制は確実に企業から終身雇用を消し去り、さらには現社員の首切りを促進するという結果
をもたらすために、必要だということである。
 65歳定年制は間違いなく終身雇用制度の息の根を止める
ことになる。
 
 できれば、逆に定年を55歳くらいに前に持ってきて若者に職場を与えるべきだと思うが、もうそれを考えれる余裕はなくなっているということである。
 もはや雇用制度はどうにもできなくなるほどに旧態化してしまい、崩れるのをまつだけになっている。
 ならば、
 一気に潰して、何か新しい芽が生まれてくるのを待とう
といった状況になっている。
 言い換えると、65歳定年制とは名目上の老人恩恵のように見えるが、政府の目的は雇用潰しである。
 潰したあとの制度を狙っていると言っていい。
 それがどんな形ででてくるのか、見守っていこうといったところだろう。
 つまり、65歳定年制とは
①.年金受給時期の先送り
②.終身雇用制度の崩壊誘発(現況雇用制度つぶし)
という、2つの目的を持って設定されたということである。



レコードチャイナ 配信日時:2012年11月4日 0時45分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=66098&type=0

在日華人ら「65歳退職法制化は生活に影響」―中国メディア

 2012年11月2日、日本の参院本会議で今年、「高齢者雇用安定法」改正案が可決・成立した。
 改正案は、60歳の定年に達したが引き続き働く意思のある社員を65歳まで雇用するよう企業に義務付けている。
 では、この新規定は在日華人の生活にどのような影響があるのか?
 在日華人はこの問題をどのようにとらえているのか?
 中国新聞社が伝えた。

日本の退職制度の崩壊を懸念

 在日華人・龍昇さん(69)は1980年から1994年まで15年間働き、厚生年金を15年間払った。
 1994年に独立し小さな貿易商社を設立した後も、元の勤務先で厚生年金の最低納付額を2003年まで払い続けた。
 年金を受け取るようになってすでに6年経つ。
 退職後の生活について、龍さんは
 「住宅ローンはもうすぐ完済できる。14万円あれば、ぜいたくしなければなんとかやっていける」
と話す。

 定年が65歳に延長されたことについて、龍さんは
 「好ましくない。
 年金受給開始年齢を引き延ばし、支出を減らすのが狙いだが、若者は年金制度に懐疑的で、自分たちの老後には何歳まで待てば受給できるか、と心配しているだろう。
 若者の未納付につながり、自身で老後の解決を考えるようになる。
 日本の年金制度は崩壊するだろう」
とみる。

65歳退職がよい

 昨年60歳の退職年齢を迎えた在日華人・梁さんは日本の大手企業に19年間勤務した。
 退職後、再雇用制度により、引き続き元の職場で1年更新の契約社員として働いている。
 「60歳退職はかなり厳しい」と梁さん。
 退職前は正社員で、給与水準は高く、ボーナスも手厚かった。
 しかし再雇用後は契約社員となり、ボーナスは消え、年収は元の3分の1から4分の1となり、人間関係も微妙に変化した。

 日本の工場で働く在日華人女性・張さんは退職から2年が経つ。
 「2年間苦しかった。できれば65歳退職がよかった」。
 正社員としては給与が多いわけではなかったが、厚生年金・健康保険があり、ぜいたくはできなくても、生活に困ることはなかった。
 2年前から年金受給が始まったが、65歳と60歳では受給額が異なる。
 現在は毎月わずか6-7万円だ。
 幸い子どもは社会人となり、主な生活支出は維持できるが、以前よりは厳しくなった。

経営者の見解はさまざま

 在日華人企業経営者の多くは記者に対し、今後は社員の退職年齢、年金受給開始年齢は60歳から65歳に徐々に推移していくと述べた。
 一定規模の華人企業の多くは「新華僑(改革開放後に訪日した華僑)」が創業しており、年齢層が若く、フレキシブルな経営が売りのため、法改正による影響は大きくなる。
 年功序列は日本企業の経営文化であり、社員はベテランになるほど、給与は上がる。
 退職年齢が延長されれば、若年社員の雇用が減少、組織の高齢化や人件費の上昇、創造力の低下につながり、損失が大きくなれば、経営状況の悪化に追い打ちをかけることになる。
 本来、臨機応変な経営手法の華人企業のセールスポイントも大きく弱まってしまう。

 しかし退職年齢の延長は企業にとって良いこともあると考える経営者もいる。
 あるハイテク企業の会長は
 「再雇用制度は早くに導入した。
 社員側は60歳の退職年齢に、退職か再雇用を選択できる。
 再雇用の場合、給与は10-20%下がり、各種保険・ボーナスは変わらない。
 退職金が支給されないだけ」
と語る。
 同社には現在、60歳以上の社員が十数人いる。
 会社に残ったベテランの技術力は高く、新製品開発・サービスなどでも経験が豊か。
 60歳は彼らにとって、まだまだ働き盛り。
 また、ベテラン社員は社内の安定感を増す。
 社員間で信頼感が生まれやすく、情報交換も容易。
 愛社精神も養われやすいという。
(提供/人民網日本語版・編集/TF)

 


【ファジイ集合体国家】



__

2012年7月22日日曜日

グローバル化は日本のタテ型産業モデルの大きな課題

_




レコードチャイナ 配信日時:2012年7月22日 6時41分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63140&type=0

グローバル化は日本のタテ型産業モデルの大きな課題―中国メディア

 2012年7月16日、人民網日本語版によると、同じように海外での業務拡大をはかっても、日本のソニーやパナソニックは大きな赤字を出し、米国のアップルは大きなもうけを出している。
 日米の企業の利益情況にこれほど大きな差が出た原因として、日本は伝統的にタテ型の分業モデルを取り、米国はヨコ型の分業モデルを取ることが挙げられる。
 財政経済の専門家・李克(リー・カー)氏はこうした問題について分析した。
 中国広播網が伝えた。

 日本では最近、国内経済が多くの問題を抱えている。
 これまで優勢を誇っていた一連の製造業に問題が出現し、高齢化によって貿易に困難が生じ、円高が一連の困難をもたらすなどで、こうした問題を前にして日本の人々は途方に暮れている。
 日本の国内総生産(GDP)という点から考えると、目下の高齢化の進行や日本企業の海外進出の動きの強まりなどにともない、短期的には日本の国内市場や国内経済が大きな転換を迎えたり、大きく発展したりする可能性は低い。
 ここ3-4年の間に、各方面の生産コストの上昇や高齢化の深刻化により、ますます多くの企業が海外進出を検討するようになっている。

 1990年代にも日本企業が海外進出に走る情況が出現して大きな論争となり、日本国内の産業が空洞化するのではないかということを人々は熱く語り合った。
 だが2000年以降に出現した新しい海外進出の流れは、90年代当時の状況とは異なる。
 90年代の主な狙いは、海外の労働力や生産要素といったコスト的優位を利用して製品を生産し、その多くを日本に送って売るということにあったが、00年以降の海外進出はこれとは異なり、国外の市場を海外市場開拓の第一歩ととらえ、現地生産、現地販売を主な発展の方向性としている。
 よって新たな海外進出の発展の流れの中にあって、日本企業の海外での生産あるいは経営ということが、日本の国内経済を支える非常に重要な柱になっている。

 現在、海外にある日本法人・日本企業で出資比率が10%を超えるものは、収益の規模が1400億ドルに達しており、平均収益率が日本国内で経営を行う日本企業の2倍以上に上る。
 このためますます多くの日本企業が海外市場を重点ととらえるようになり、海外で収益を実現した後に国内の親会社へ、あるいは国内の企業へ一定の支援を提供するようになっている。
 これは過去10年間ほどの日本の発展における大きな特徴の一つだ。
 だがこうした過程で一連の変化も生じている。
 日本では今年に入ってから、自動車分野で、とりわけ電子産業分野で有名な企業やパナソニック、ソニーなどがいずれも巨額の赤字を出し、産業界、学術界、政府関係者に大きな衝撃を与えた。

 現在、日本企業はさまざまなモデルに基づいて調整を進めており、発展変化の主な方向性として次の2つが挙げられる。
 一つは、日本企業の特徴としてよく知られるタテ型の分業モデルあるいはタテ型の産業調整モデルで、規模の大きい有名企業が牽引役となり、製品の集積企業となって、数百社、数千社の中小企業がこれに呼応し、サービスを提供して、高品質の製品を生み出すというもので、国際市場で一定のシェアを獲得してきた。
 タテ型の分業モデルは日本企業がこれまでずっと自信をもってきたモデルであり、完成度の非常に高いモデルでもある。
 トヨタ、ソニー、パナソニックなどはすべてこのモデルを採用してきた。
 だが十数年にわたる世界の変化により、特にグローバル化がもたらす世界の分業生産モデルの一連の変化(営業販売市場システムの変化を含む)が、タテ型の分業モデルあるいはタテ型の産業調整モデルにとってますます大きな課題となっている。

 もう一つはアップルのような企業が採用するヨコ型の分業モデルで、アップルはこのモデルによって企業発展の非常に大きなチャンスをものにしてきた。
 ヨコ型の企業はある産業の産業チェーンをオープンにし、デザインや中核的部品といった難易度の高く営利性の高い部分だけをコントロールする。
 金融に関連する業務もコントロールの対象で、営利性が低く単純な生産・組立産業は発展途上国に任せることにした。
 こうしたモデルの発展は実際には非常に効果的なものであり、日本のタテ型の産業調整モデルにとっては大きな挑戦となった。
 日本では現在、こうした点を踏まえてどのように調整を行うかの検討がなされている。

 李克氏は世界的に有名な経済学者で、日本大学大学院グローバルビジネス研究科EMBA課程の終身教授、日中管理学院の院長、経済誌「アジア太平洋経済評論」の編集長、アジア開発銀行(ADB)の研究員を務める。
 長年にわたりアジア・太平洋地域の経済や企業の管理について研究を行い、中国経済と日本経済について独自の見解を発表している。




【ファジイ集合体国家】



__

2012年7月20日金曜日

「中国化する日本」:議会民主主義はもはや限界?

_




レコードチャイナ 配信日時:2012年7月20日 7時43分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63005&type=0

<書評>「中国化する日本」
宋はグローバル化の先進国だった
―議会民主主義はもはや限界?


アジアで唯一初めて近代化=西洋化に成功したのが日本で中国をはじめ他のアジア諸国は遅れた―。
與那覇潤著「中国化する日本」は、という通説に疑問を投げかけ、12世紀の源平合戦から最近の政権交代まで1千年の日本史の光と影を大胆に綴った骨太の歴史物語である。

現代世界の諸制度や社会産業構造が、
宋代(960年~ 1279年)の中国において既に実現
されており、
「産業革命以降の西欧はその後追いで『中国化』していった」
というのが本書を貫く主張だ。

現在のグローバル化の果てにあるものは、「中国的」と言える一元化された政治システムによる支配と、その上で可能になる自由かつ多様な経済・文化活動を特徴とする社会ではないか、と予測する。
そこでは日本の江戸時代のような「ムラ社会」も戦後日本のような「家族主義的企業」も中間共同体としては機能せず、血縁など個人的なネットワークが重んじられるようになる。
唐代の貴族中心の封建政治を打破してつくられた
宋以降の千年に及ぶ中国史は、グローバル資本主義下の社会経済モデルの「宝庫」
と位置づける。

著者はこうしたグローバル化=中国化の流れと、これに対抗する鎖国という2つの流れの力関係は、12世紀から日本史を決定づけてきたと強調。
特に、日本の戦後史を彩る、戦後の社会党政権、田中角栄政治、細川内閣、小泉改革など特異な政治事象に鋭く切り込んでいく。
民主党政権交代の熱狂と失望、橋下(大阪維新の会)現象、原発再稼働デモなど最近の事例と照らし合わせると、議会制民主主義の限界も浮かび上がる。

世界で千年単位の「中国化」が徐々に進行しているとすれば、その実態の把握は、日本が直面する諸問題を考える上で有用だ。
順調に「西洋化」したはずの日本の閉塞と、
逆に「近代化」に落伍したとみられた中国の不気味な台頭を、
分かりやすく説明してくれる。

アジア太平洋の経済連携、憲法九条、外国人参政権などが「中国化」への対応策になり得るとの視点も新鮮だ。
明治以降の碩学が書いた参考文献を数多く紹介。
軽妙な政治談議や関連映画の紹介も魅力的。
平易な語り口で政治、経済、文明すべてを網羅し、大胆な「世界図式」を構想した野心作といえる。
(文芸春秋刊・1575円)(HY)

[注]「<著者が語る>直接統治「一君万民」への流れが高まる―「中国化する日本」執筆の與那覇潤氏」に続く。
=====



<著者が語る>直接統治「一君万民」への流れが高まる
―「中国化する日本」執筆の與那覇潤氏
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63084&type=0

2012年7月、話題の書「中国化する日本―日中『文明の衝突』1千年史」の著者である與那覇潤氏は日本記者クラブで、自著について語った。

「日本では、間接民主主義(議会政治)への不信が高まっている」
と指摘した上で、最近の橋下大阪市長による「大阪維新の会」への人気集中、石原東京都知事提唱の尖閣諸島購入を目的とした寄付金集め、首相公選制への高い支持率などを事例に挙げ、「統治者と国民の間の「介在者」を排除して直接政治体制を希求する『中国化』の動きが進行している」と強調した。
発言要旨は次の通り。

中世の昔から日本は
「グローバル・スタンダードに合わせるのか、日本独自の道をゆくのか」
で揺れてきて、源平合戦も南北朝の動乱も、これをめぐる争いだった。
当時、ヨーロッパは後進地域だったので、「グローバル・スタンダード」は「中国標準」のことだった。

日本の歴史でいうと中世に当たる宋代以降の中国の国内秩序と、現在の「グローバリズム」の国際秩序は、よく似ている。
形式的には「機会平等」となる条件で自由競争していることになってるが、実態としては権力の「一極化」や富の偏在が起きている。
そういう中国=グローバル社会のあり方を受け入れるか否かで国論が二分された。
このため日本の中世は激しい内戦状態だったが、結局、「受け入れない」という結論を出したおかげで、近世には平和になった。

江戸時代の「徳川文明」ができ、「日本の国民性」とか「日本らしさ」のようなものはこの時、「中国化」の影響力から脱することで初めて可能になった。
日本人にとっては居心地がよかったので心のふるさとになった。

明治維新で制度改革や産業革命を断行して競争社会に変革したが、その後の「昭和維新」では農村を救えとか、ブロック経済で雇用を守れとかが主流となって国家統制国家に戻り、「再江戸時代化」された。
戦後も高度成長で地方から人が都会に出てきて大都市圏に集中すると、田中角栄の列島改造とか、竹下登のふるさと創生事業とかで、『古き良き地方社会』のイメージを守ろうとする。
小泉改革であれだけ規制緩和とか自由競争と叫ばれたのに、小泉首相が辞めたらあっという間に元に戻った。

今日のグローバリゼーションの核にあるとされる「西洋文明」とは、新参者として後から割り込んできたものだ。
ある面では中華文明に似ているが、他の面では日本文明に近い。
その結果として、20世紀の半ばまでは日本文明のほうが相対的にうまく適応していたが、冷戦が終わる頃から、「停滞する日本」と「台頭する中国」という構図が出現した。

江戸時代は基本的には農耕文明で、そのムラ社会を護送船団方式や日本的経営に改装することで、工業化にも適合させたのが昭和期の「再江戸時代化」だった。
資本主義が金融化・情報化・サービス産業化していくとついていけなくなった。

大阪維新の会への人気は橋下徹さんというカリスマ個人への期待だ。
複数の国政政党が、全国レベルでマニフェストを出し合って論争したが、行き詰っている。
これとは別に地方の首長選挙があり、まず橋下さんという「トップ」一人だけを地域の住民が担いでいる。
それを見て「民主主義の危機」と騒ぐ人たちもいるが、ある意味で中国的な「民主主義」といえる。
皇帝一人に権力を集中して、その人が既得権益者を排除する。
伝統中国では、「選挙」といえば、一人一票で議会の議員を選ぶ投票のことではなくて、皇帝の手足になるスタッフを試験で選抜する科挙を指す。

中国では、貴族が支配していた唐までの既得権益社会を宋がぶち壊し、世界で初めての身分の平等の体制をつくった。
これ以来「一君万民」の時代が続いている。
今は共産党政権だから「一党万民」と言える。
中国の現在の「一極専制」体制は共産党政権ゆえではなく伝統的なものだ。
「国家資本主義」は中国の伝統に合致している。

日本では、間接民主主義(議会政治)への不信が高まっている。
「橋下人気」だけでなく、石原新太郎東京都知事が呼びかけたの尖閣諸島購入のための寄付金集めも、統治者と国民の間の「介在者」を排除した直接的な政治体制を希求する動きといえる。
首相公選制に日本の世論の6割以上が賛成しているが、実現すれば「中国化」になる。
原発再稼働反対のデモが官邸を取り囲んだり、住民による国民投票請求が続出している。

生活保護費の問題が政治家の手によって公開裁判のような形となったのは、もはや3権独立の法治国家ではなくなりつつある事例と言える。
最近では政治家だけでなく裁判官・検察も信用されていない。

西洋化と中国化のうち、好ましいのは西洋化だが、日本は蓋然的に中国化の道をたどるのではないか
西洋化していると思いこんでいる人が多いが、実際は中国化している

独ワイマール憲法時代のドイツの法学者、カール・シュミットミットは間接議会制の問題点を次のように喝破している。
「近代の大衆民主主義は、民主主義として統治者と被治者の同一性を実現しよう努めるものであるが、
議会制は、その行く手に、もはや理解し得ない、時代遅れの制度として横たわっている」。




本の話web  2011.12.14 08:00
http://hon.bunshun.jp/articles/-/445



「西洋化」に代わる物語を
『中国化する日本』 (與那覇潤 著)


聞き手「本の話」編集部

発売後1週間で増刷が決まるなど、『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』(11月刊)が好調である。
著者の與那覇潤さんは弱冠32歳の大学准教授。
本書は著者のふだんの講義内容をまるでライブ録音そのままに、会話体で書き下ろしたものだというが、タイトルにある「一千年史」のとおり、院政の開幕/源平合戦から政権交代/ポスト3.11まで、1000年超の日本史すべてを斬新な視点で論じ切る内容が話題になっている。その狙いや執筆の舞台裏を、與那覇さんに語っていただいた。

――與那覇さんの本来の専門は明治時代の沖縄問題(*『翻訳の政治学』 岩波書店 2009)で、前著で扱っているのは昭和の戦争(*『帝国の残影』 NTT出版 2011)と、これまで近現代史の分野で研究をしてこられました。
それが今回はそもそも、どうして一人で1000年分も書こうと思ったんですか?

與那覇:
普通じゃないですよね(笑)。
ただ、従来からよきにつけ悪しきにつけ、日本の近代化って「特殊」だ、といつも言われてきた。
「よき」の方は「アジアで唯一の列強入り」や「奇跡の戦後復興」であり、「悪しき」の方は「歪んだ軍国主義」とか、「民主主義の不成熟」とか。
でも、そういうこと言うならじゃあ、日本の近代化の歩みはいつどこで「歪められた」のか。
その「特殊さ」の起源をつきつめて考えていくと、結局そこまで遡らないといけないことに気づいたんです。

――遡るといっても、普通の本なら明治かせいぜい幕末までで、日本が「欧米列強」と比べていかに「特殊」かを説明してゆくわけですよね。
ところがこの本だと、なんと源平合戦まで戻っちゃうから、比較の対象も欧米ではなく中国に。

與那覇:
はい。
たとえば先日の*TPP論争でも「開国」や「黒船」にたとえられて、「どうして日本人はグローバル化がヘタなのか」とか、逆に「そもそもロクなもんじゃないグローバリズムに日本が合わせる必要があるのか」とか、議論されてましたよね。
でも実はこれって、今に始まった話じゃないんですよ。
中世の昔から日本は「グローバル・スタンダードに合わせるのか、日本独自の道をゆくのか」で揺れてきて、源平合戦も南北朝の動乱もある意味、全部それをめぐる争い。
ただし、当時はヨーロッパなんて後進地域だったので、その「グローバル・スタンダード」は「中国標準」のことだった。

――それがタイトルの『中国化する日本』の由来なわけですね。

與那覇:
そうです。
第1章(※期間限定で無料ダウンロード実施中。2012年2月5日まで)に書いたことなんですけど、実際、日本史でいうと中世の年代に当たる宋朝以降の中国の国内秩序と、現在賛否両論の「グローバリズム」の国際秩序は、すごく似ていて。
よく言えば徹底的な競争社会、悪く言うと弱肉強食の格差社会で、形式的には「平等」な条件で自由競争していることになってるにもかかわらず、実態としては猛烈な権力の「一極化」や富の偏在が起きている。
そういう中国=グローバル社会のあり方を受け入れるか否か、で国論が二分されたから、日本は中世のあいだはものすごい内戦状態だったんだけど、結局、「受け入れない」という結論を出したおかげで、近世にはピタリと平和になって…。

■中華文明・日本文明、1000年の構図

――江戸時代の「徳川文明」ができたと。
いわゆる「国民性」とか「日本らしさ」のようなものはこの時、「中国化」の影響力を脱することで初めてできたんだ、という点を本書は強調していますよね。
そして、それがあまりにも日本人にとっては居心地がよかったので…。

與那覇:
心のふるさとになってしまって、疲れるといつもそこに帰りたがる(笑)。
自分の本では「再江戸時代化」という言葉で表現している部分です。
明治維新で産業革命をやってガバッと競争社会にしたけど、「昭和維新」では農本主義で農村を救えとか、ブロック経済で雇用を守れとかで、ガチガチの国家統制に戻しちゃう。
戦後も高度成長でガンガン人口が都市に出てきて根無し草になると、田中角栄の国土の均衡ある発展とか、竹下登のふるさと創生事業とかで、やっぱり『古き良き地方社会』のイメージを守ろうとする。
小泉改革であれだけ規制緩和だ自由競争だと言ってたのに、彼が首相を辞めたらあれよあれよという間に昭和ブームが起きちゃって、
「やっぱり、ちょっとくらい不自由でも我慢しあって生きてくのが日本人だよ」
みたいな(笑)。
これは結局、中世の頃に「中華文明」を取り入れかけたんだけど、結局それについていけなくて別の道を選んだ、*日本文明というものの体質の表れなんです、よくも悪くも。

――サブタイトルにある『日中「文明の衝突」一千年史』というのも、そういう含みがあるわけですね。
元寇や日中戦争のような、両国が直接「軍事衝突」した事例だけではなくて、中華文明と日本文明という二つの文明が、東アジアでパフォーマンスを競い合った1000年間という構図で描かれている。

與那覇:
その通りです。
逆にいうと、今日のグローバリゼーションの核にあるとされる「西洋文明」というのは、新参者として後から日中に割り込んできたわけ。
しかもコイツが曲者で、ある面では中華文明に似てるのだけど、他の面では日本文明に近い。
その結果として、20世紀の半ばまでは日本文明のほうが相対的にうまく適応していたのですが、冷戦が終わる頃から、昨今かまびすしい「停滞する日本」と「台頭する中国」という構図が出てきちゃった。
江戸時代って基本的には農耕文明で、そのムラ社会を護送船団方式や日本的経営に改装することで、工業化にも適合させて「延長」してたのが昭和期の「再江戸時代化」だったんですけど、資本主義が金融化・情報化・サービス産業化していくと遂についていけなくなった。
最初は
「COOL JAPANで世界市場を席巻だ!」
とか言ってたはずが、今や「韓流やK-POPに国内市場を盗られる」とかいう話になってるでしょう(笑)。
西洋文明のうち中華文明に近い方の側面がグローバル化で前面に出てきたから、中国・韓国の方がうまく乗っかっちゃってるわけですね。

――そして『中国化する日本』ということは、1000年間の戦いを経て、最後の勝利者は中国に…?

與那覇:
いえ、そうは断定していないんです、よく誤解されてるみたいですけど(笑)。
むしろこれまで長いこと、「西洋化」とか「グローバル化」とか言われると、あたかも自明に「いいもの」だとか、
「欧米先進国に並ぶためにやらなくちゃいけないこと」
みたいに見えちゃってたわけじゃないですか。
でも、「それ、実は中国化かもよ」って言われたら、ちょっとギョッとなるというか、少なくとも、
「いったいその内実が何で、どんなメリットとデメリットがあるのか、きちんと判断してから考えよう」
とは思いますよね。
それこそが今の日本で必要な態度だと思うし、実際、近代以降「西洋化」してきたと言われてる日本だって、実のところは「中国化」しかして来なかったんじゃないかとも言えるので…。

■政治に失望すると授業が人気に?

――本当ですか!? たとえばどんな…?

與那覇:
今の政治なんか典型じゃないですか。
本書が出て1週間後に、ダブル選挙で大阪維新の会が勝ちましたけど、これってもう政党どうしの争いではなくて、橋下徹さんというカリスマ個人への期待ですよね。
複数の国政政党が、全国レベルで日本をどうしたいかというマニフェストを出し合って、その一環で地方の首長選挙があるわけじゃなくて、まずは橋下さんという「トップ」一人だけを地域の住民みんなで担いで、後はその人気や権勢にぶら下がりたい人たちが議員としてついてくればOKと。
もちろんそれを見て「民主主義の危機だ」って騒ぐ人たちもいるけど、ある意味これって中国的な「民主主義」なんですよ。
皇帝一人を推戴して、その人が既得権益者をバッサバッサとなぎ倒すのをみんなで応援しようと。
だから伝統中国で「選挙」といえば、一人一票で議会の議員を選ぶ投票じゃなくて、皇帝の手足になるスタッフを試験で選抜する科挙のことなわけです。

――つまり、日本が「西洋化」してきたと思っているから混乱するけど、「中国化」してきたんだと思えば、しごく当然の帰結であるということですか。

與那覇:
そうそう。
国政レベルだってそうですよね、盛り上がるのは「誰を次の総理に」でトップのクビをすげ替えるときだけで、替える理由もよく分からない。
政策を転換するために交替させるっていうよりも、支持率が落ちてきて「人徳がないから」とかなんかそんな感じ(笑)。
国会の審議や政治報道だって、与野党間で政策を競うよりもスキャンダルをつつきあう方が注目が集まるから、ゴシップ記事みたいな話ばっかりじゃないですか。
要するに「政策的にとるべき選択肢は何か」の議論と、「道徳的に優れた統治者は誰か」の議論を区別できてないわけで、近代西洋型の合理主義というよりも、儒教の道徳原理に支えられた伝統中国の徳治主義のほうに近い。

――これまで自民党の長期政権が続いてきたあいだは、日本の民主主義は政権交代がないから「特殊」でダメなものだと言われてきて、だから2009年に民主党政権ができた時には一見、「これでヨーロッパに追いついた」となった。
しかし、実際の日本は「西洋化」するどころか「中国化」していたので、今日の体たらくに…。

與那覇:
それがまさに本書の隠れモチーフですね。
実は、この前も学生さんと笑いあったんだけど、自分の授業の人気って政治への期待と反比例するらしいんですよ(笑)。

――本当ですかそれ(笑)?
「授業」というのは、本書のもとになった…。

與那覇:
まぁ、別に学問的に分析したわけじゃないんで、本当に当たってるかは分からないですけど、現にいちばん受講者が少なかったのが、2009年の鳩山内閣発足直後の冬学期で、なんとたった2人。

――2人って、講義録が出る授業がですか(笑)?

與那覇:
そうです(笑)。
逆に、その後半年経って民主党政権がグダグダになってきて、次の夏学期が始まる4月になると、普天間問題で誰の目にもぐちゃぐちゃになってたじゃないですか。
そうしたら途端に今度は教室が満員になって、ただの選択科目なのに過半数が受講する学年まで出てきちゃった。
しかも、明らかに教室の空気が一変したんですね。
それまでも受講生の態度が悪かったわけじゃないけど、明らかにみんなが積極的というか、表情が真剣というか。
今年も菅直人さんのおかげかどうかはわからないけど(笑)、やっぱりそういう雰囲気が続いています。

■西洋化とは全く違う「大きな物語」

――それはどうしてなんですか?

與那覇:
たぶん、「政権交代をすれば日本はよくなる」っていうのが、*日本に残っていた最後の「大きな物語」 だったと思うんです。
私たちは「西洋化」というよりよい道を歩いてきていて、自民党という邪魔者がそれに立ち塞がっているけれども、それさえ打ち壊せばなんとかなるんだ、っていう。
そういう「すでにインプットされている、一見なんでもそれで説明できそうなストーリー」――学者の用語で言うと「マスター・ナラティヴ」とか、「パラダイム」になりますが――が機能している状態だと、実は日本は西洋化じゃなくて中国化してるんだ、なんていう「マイナーなストーリー」を喋ったって、普通は耳に入っていかないわけで。

――なるほど。
逆に、これまでの「大きな物語」のウソがバレたから、これはちょっと、違う物語で説明してもらわないと、もうわけがわからないぞと。

與那覇:
そういうことだと思うんです。
実際、印象深かったのは、その受講者が一気に増えた2010年の夏休みに、まさしく日本人の中国イメージって一変するわけじゃないですか、尖閣沖漁船衝突事件。
自分は最初、これで「ああ、冬学期は学生減って元の木阿弥だな」と思ってたんですよ。
それまでも中国化だなんていうと、「中国は嫌いだから興味ありません」とか、「あんな遅れた国に日本がなっていくなんて意味不明」みたいな反応が絶対にあったし、北京五輪と関連してチベット問題がお茶の間のニュースになった頃から、やっぱり中国語の履修者がガクンと減ったっていう先生の話も聞いたことがあったんで。
ところが、まさに尖閣問題沸騰のさなかに教室に出ていったら、ほとんど減ってない。
「ムカツク中国の話なんて聞きたくない」じゃないんですよ。
むしろ「どうなってるんだ、説明してくれ」という意欲の方が強かった。

――随所で従来の右翼/左翼の歴史観をバッサリやっているのもそのためですか。
学者が書いたカタめの参考文献を数多く紹介する一方で、時事ネタに引きつけたべらんめえ調の政治談議が豊富なのも、本書の珍しいところですよね。

與那覇:
マスメディアに載る歴史のニュースや一般向けの歴史の本に、
「右の歴史と左の歴史、さぁ正しいのはどっち?」
的な煽り方のものが多いせいで、学生さんも含めて勘違いしてしまう人が多いんですけど、それって今や学問的な歴史の議論とは、完全な別物なんですよ。
そもそもこれまでの右翼/左翼って、大雑把にいえば人類がみんな「西洋化」していくというウソの物語に乗っかった上で、
「日本も『もう十分に西洋化した』と威張っていいのか?」
とか、ちまちましたことを争ってきただけで。
あるいは、
「西洋化の結果として、われわれ日本固有の伝統を失っていいのか?」
みたいな議論もあったけど、でも、現に西洋化うんぬん以前に中国化しかしてないんだったら、決定的にピントがズレてるわけですね。
本当に面白い歴史はそっちじゃないよ、と伝えたいから、アカデミックな歴史の専門研究の紹介と、ベタな左右の論説の全否定とを、どっちも一冊でやっています(笑)。

――ひょっとすると本書を買っている人も、これまでの歴史観の賞味期限が切れたことにうすうす気づいて、新しい「大きな物語」を求めているんでしょうか。
「西洋化」していたはずの日本のいきづまりと、逆に「近代化」の劣等生だったはずの中国の不気味な台頭を、分かりやすく説明してくれるストーリーを…。

與那覇:
もしそうだったら、すごく嬉しいですね。
いま「大きな物語」っていうのは色んなところで評判が悪くて、たとえば歴史学者だったら
「実証性がなく大雑把すぎる。細かい事例の具体的な分析に基づいていない」という批判は当然あると思うし、評論の世界でも「これだけ『個人』が分裂し多様化した時代に、いまさら『国家』や『文明』みたいな単位で物語なんか語れるのか」
って言われても仕方がない。
あるいは3.11の原発事故や震災復興とか、もしくはそれ以前から格差問題や反貧困とかの現場にいる人なら
「まさにいま目の前にこんな問題があるのに、1000年分振り返ってみましょうだなんて悠長なことを言ってる場合なのか」
という印象を持たれるかもしれない。
ただ、自分は日本社会が大きな曲がり角にあるいまだからこそ、これまでのもの(西洋化)とは全く違う「大きな物語」(中国化)を立てて、いっぺん考えてみる必要があると思ってる。
大げさに言うと、それを通じて日本の針路を示せるかどうかに、「歴史」というものに今もまだ意味があるのかどうかが、懸かってると思うんです。

――ありがとうございました。




【ファジイ集合体国家】



__

2012年7月17日火曜日

日本の民主党代表選、野田首相が再選確実視される理由

_



朝鮮日報 記事入力 : 2012/07/17 07:15
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/07/17/2012071700470.html

日本の民主党代表選、野田首相が再選確実視される理由

 9月に予定されている民主党の代表選挙では、野田佳彦首相の再選が確実視されている。
 野田首相は、少数派閥出身ということに加え、歴代首相の中で支持率が最低レベルなのにもかかわらず、過去の首相が着手をはばかっていた消費税引き上げ、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定推進、さらに集団的自衛権導入を推し進めるなど、強い推進力を示している。

 前原誠司政調会長が次期党代表選での野田首相支持を宣言したほか、代表選出馬説が出回っていた細野豪志環境大臣も、代表選に出馬しない意向を示し、野田首相が推挙を受ける形で代表に再選される可能性が高まった。
 民主党最大の派閥を率いていた小沢一郎元代表のグループが集団離党したことにより、党内のけん制勢力も消えた。
 国民的認知度が低かった野田首相は、昨年8月に決選投票で辛うじて党代表に当選した。
 当時は、政治的なカラーがはっきりしていて国民的人気が高い前原氏に対するけん制心理が働き、野田氏が「漁夫の利」を得たという評が多かった。

 野田首相は就任当初
 「党内和解を最優先にしたい」
 「ドジョウのように熱心に働きたい」
と語り、深々と頭を下げたが、任期が1年にも満たない短命首相で終わるだろうという見方が多かった。
 ところが野田首相は、「帝王的首相」といわれるほど人気とカリスマがあった小泉純一郎首相(在任期間2001-06年)もなし得なかった、消費税引き上げなどの難題を解決してきている。
 推進力の源は、政治家養成所「松下政経塾」の人脈だ。
 前原政調会長・玄葉光一郎外相など松下政経塾出身の議員38人が、党や派閥を越えて粘り強く支援している。
 このほかにも、財務省人脈という支援勢力がある。
 野田首相は財務大臣を務めた経験を持つ。
 谷垣禎一総裁はじめ自民党内の財務大臣出身議員が、消費税引き上げに協力した。
 財務大臣経験者は
 「消費税を引き上げなければ国が不渡りを出しかねない」
という危機意識を共有し、超党派的な観点から野田首相を支援している。
 また自民党には、自分たちが政権を取ってからしようとすることを野田首相が先にしてくれると考え、支援している側面もある。

 野田首相の推進力は「反ポピュリズム」から出ている、という評価が多い。
 世論や人気に恋々とせず、党を割る覚悟で自分の信念の通り政策を推し進めるというわけだ。
 支持率に縛られた従来の政治家とは正反対の戦略を選んだことに、けん制勢力は当惑し、分裂する雰囲気を漂わせている。
 しかし、民主党からの離脱者がさらに増えた場合、内閣の崩壊は避けられないという見方も出ている。




【ファジイ集合体国家】



__

2012年7月11日水曜日

日本の政局はなぜこうも混乱するのか?

_




レコードチャイナ 配信日時:2012年7月11日 6時29分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=62828&type=0

日本の政局はなぜこうも混乱するのか?―中国メディア

 2012年7月10日、最近、日本の政局が再び混乱している。先月末に元民主党代表の小沢一郎氏が「消費税増税法案」を理由に突然野田佳彦首相と反目し、部下を率いて出て行った。
 最近また、「除籍」に不満な小沢氏が新党結成を国会に届け出たとの情報が伝わってきた。
 新党の立ち上げは7月11日になるという。(文:鄭興、郭沖。人民日報海外版掲載)

表象:混乱は進行中

 自らのグループを率いて憤然と出て行った小沢氏だが、増税法案の可決を阻止することはできなかった。
 だが日本の評論家は
 「今回の破壊行為は3年間続いた民主党政権を一夜にして潰滅させるに等しい」
と指摘する。
 小沢氏の行動によって日本の政局に再び暗雲が立ちこめ始めた。

 日本は外交面でも難を免れずにいる。
 先月末にロシアが
 「技術的にも経済的にも合理的でない」
として日本向け天然ガスパイプライン構想を放棄した。
 この騒ぎがまだ収まらぬ3日、ロシアのメドベージェフ首相が北方四島の国後島を視察し、この地域に対する実効支配を誇示した。
 この行動に日本国内は騒然とし、日本政府は「許し難い暴挙」と表現した。
 だが、それでも日本にはロシアに実際に干渉するすべはない。

 このほか日本国内では釣魚島(日本名・尖閣諸島)をめぐる騒ぎも激しさを増している。
 今年4月以降、石原都知事は「東京都が釣魚島を購入する」とわめき続けている。
 これについて野田政権は態度を明確にしてこなかったが、最近になって釣魚島国有化の方針を表明し、石原都知事と共に「島購入」の茶番に頭を突っ込み始めた。

根源:根本的原因は経済

 日本の混乱は一夜にして形成されたものではない。
 その根源を突き止めると、経済の持続的低迷こそが混乱をもたらした根本的原因だ。

 プラザ合意以来、高齢化やデフレが経済成長を著しく妨げたと評論家は指摘する。
 人口問題は解決が難しく、金融政策措置は限られている。
 日本はすでに増税しようとしまいと経済状況の転換は困難というジレンマに陥っている。
 近年日本の政局は混迷し続けており、首相の頻繁な交代という宿命を脱せずにいる。
 首相がいかに「短命」で、与党がどう再編されようとも、経済問題は未解決のままだ。
 また、たとえ経済情勢が少し好転しても、円高や米国に利益の一部を持って行かれる不運からは免れがたい。

 日本政府が政策面で自立していないことも混迷の原因の1つだと指摘するメディアもある。
 当初民主党は独立した一派を形成して組閣に成功し、政策の自立とアジア回帰を旗印に掲げた。
 だが今や経済問題が解決されない中、野田内閣は親米という自民党の古い道に戻らざるを得なくなっている。
 小沢氏は民主党の「後退」に明らかに不満を抱いている。

 だが党を分裂させて権謀術数を弄し続けるだけでは、民衆の支持を得られるとは限らない。
 国内の経済問題を根絶するすべがない中、権力の座にいる者は外交問題で頻繁に行動を起こすほかない。
 日本政府が大げさに騒ぎ立てる釣魚島問題や北方四島問題は、いずれも民衆の注意をそらし、経済政策の無能さを覆い隠すための表看板に過ぎない。

展望:自立と善隣

 経済問題と政治の混迷は互いに因果関係にある。
 日本政府の経済政策の力不足、政策の自立性の欠如が、現在の政局の混乱をもたらしたのだ。
 野田政権が早期衆院解散・総選挙の強い圧力に耐えることは難しい。
 小沢新党はまだ明らかに勢力が弱く孤立しており、有権者から有望視されていない。
 政界は派閥が乱立し、各党が争い合っている。
 日本に真に必要なものが、経済状況の全面的な転換と独立した政策決定のできる政党であることは明らかだ。

 「親米は日本にとって良い選択というわけではない」
とある専門家は指摘する。
 現在、新興の発展市場としてアジアの台頭が世界的に注目されている。
 日本にとって領土問題を利用して紛争を引き起こすことは決して賢明なことではない。
 アジア太平洋諸国との善隣友好、協力強化こそが大きな流れなのだ。


 「なぜかくも混乱するのか」
 それなのに、なぜ暴動が起きないのか。
 不思議の国、ニッポン

 「日本はアジアの病人」になりつつあるそうである。
 病気なので暴動が起こせるほどパワーがないということのようである。


レコードチャイナ 配信日時:2012年7月11日 12時36分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=62846&type=0

中国とは逆、
“アジアの病人”になりつつある日本


 2012年7月10日、華字紙・日本新華僑報(電子版)は
 「日本はあとどれくらいで『アジアの病人』になるのか?」
と題した記事を掲載した。
 以下はその要約。

 最近、日本の求人情報サイトが15歳から25歳までの男女2447人を対象に実施した調査で、「将来何をやりたいか?」との質問に、ただ「就職したい」と答えた若者は全体の6割を占めた。
 「社会人」と答えたのは22.4%で、この2つの回答で全体の8割を超えた。
 その理由として最も多かったのは「お金を稼ぐため」で、「生活のため」、「社会に貢献するため」と答えたのは14.4%と少数だった。

 現在の日本の若者は理想よりも現実重視だ。
 しかも約4割の若者が前途に不安を抱いている。
 彼らの多くが責任を負うことを嫌い、他人のために働く意欲のある者は全体の3分の1にも満たない。
 不安と利己的、責任感の欠如が彼らの特徴だ。

 約140年前の日本では、中村正直という青年が英国人のサミュエル・スマイルズの「自助論」を翻訳し、「西国立志編」として出版。
 そのなかの「天は自ら助くる者を助く」という言葉は当時の日本の若者に大きな感銘を与えた。
 100年以上たった今、若者たちの心からかつてのような高い志は消えてしまい、代わりによりどころのない喪失感と不安感でいっぱいになっている。

 20年前の日本は、活力と野心に満ちたパワーあふれる国家であり、プライドも高かった。
 しかし経済の長期低迷は日本人から自信を奪い、極度の自我萎縮をもたらした。
 少子高齢化の加速する一方で、就職状況は悪化。
 若者が将来に不安を覚えるのは当然のことだ。
 艱難辛苦に耐え、勇猛果敢に突き進む戦闘能力を失った若者の間には「おたく」や「草食系男子」が増殖している。

 かつて中国は日本から「東亜病夫(東アジアの病人、アヘンで痩せ細った中国人への蔑称)と呼ばれていたが、今の中国は「病人」からは程遠い存在になっている。
 そのかわりに、理想もなく目標もない、「草食系」の日本人のほうがどんどん「病人」に近づいていっているのではないだろうか?




【ファジイ集合体国家】


__

***** ファジイ集合体:日本 *****


●公開日: 2013/01/20


【ファジイ集合体国家】



高齢社会白書:将来推計人口でみる2060年の日本=8,674万人になると推計
まじめほど怖ろしいものはない:等身大の日本

穏やかな気質で知られる日本人社会:「悪口まつり」でストレス発散?!
「折りたたみケータイは永遠です」:スマホの時代なのに
キリスト教、イスラム教、「無宗教」が世界の第3勢力:うち6割以上が中国人
日本人の過半数、「男は外、女は内」を支持:東日本大震災の影響による

日本がノーベル賞・フィールズ賞受賞で中国・韓国を圧倒している歴史的背景
日本のゲームが世界で受ける理由は西洋文化との融合
日本の共働き世帯55%に、ライフスタイルも変化
日本が毅然とした行動にでられるようになった2つの理由
集団主義に向かう日本:,銀座パレード

定年延長を義務化・制度化:終身雇用の崩壊目的
グローバル化は日本のタテ型産業モデルの大きな課題
「中国化する日本」:議会民主主義はもはや限界?
日本の民主党代表選、野田首相が再選確実視される理由
日本の政局はなぜこうも混乱するのか?



_